Primary
eve
何だこれ――――
俺が目を開いてその紙を凝視していると、オータムナルさまが予告もなしに振り返った。
メモ用紙を握っている俺を目に入れると、オータムナルさまもまた目を開き、ツカツカと大股でこちらへ向かってきて
バッ!
俺から乱暴にメモを取りあげた。
「……オータムナルさま…」
俺が目を開いて彼を見上げると
「……お前には関係ない」とまたも冷たく一言。
だけど―――
オータムナルさま……
貴方は冷淡な演技が
下手だ。
本当は雪をも溶かすほど、心温かいお方なのに―――
「オータムナルさま……まさかこの手紙の内容を鵜呑みにされるのですか」
「紅、お前は私がバカだと言いたいのか」
オータムナルさまは演技ではなく、本気でムッとしたように眉間に皺を寄せた。
「分からないのですか!?
これは―――明らかに、あなたをおびき寄せるための
―――罠だ」
俺がオータムナルさまの両腕をとって勢い込むと、オータムナルさまは俺の手を乱暴に払った。
「分からぬのはお前の方だ」
声を荒げてオータムナルさまは俺の両肩を鷲掴みにし、俺に向き直った。
こんな風に―――怒鳴られたのははじめてだ。
肩がびくり、と揺れる。
何も言葉を返せずにいると
「分からぬのはお前だ。
たとえ罠だろうとしても、何か手がかりがあるやもしれん。
私は―――お前を悲しみから守りたいのだ。
それがどんな危険なことだろうと―――この身を顧みずとも、私はお前を」
ふわり
そこまで言ってオータムナルさまは言葉を飲み込むと、突如俺を抱きしめてきた。
「守りたい―――ただ、それだけなのだ」
オータムナルさま……
P.443
守って、守られて―――
俺たちはそれぞれ片翼を失ったガーディアンエンジェル。
一人では無理でも
二人なら―――
どこまでも飛べる気がするんだ。
俺はオータムナルさまをやんわりと引きはがし、まだ膝まづいている運転手さんに歩み寄ると
「タイヤのチェーンを。宮殿内のどこかにあるでしょう?」
問いかけると
「ミスター来栖!何を仰っておいでですか」と運転手さんは青い顔をさらに青くさせた。
「俺ならロシアに居たこともある。もちろん雪道の運転に慣れています」
「何を言う!紅!」
オータムナルさまも声を荒げた。
「しかし!」
尚も渋る運転手に
「Hurry up!!This is prince's order!(早く!!これは皇子の命令だ!)」
俺は玄関口を指さし怒鳴った。
俺の怒鳴り声か、はたまた俺の剣幕か、どちらが効いたのか分からない。
運転手さんたちは慌てて立ち上がると、宮殿内に走っていった。
――――
――
チェーンを装着して車を走らせること一時間。
運転はもちろん俺で、助手席にはオータムナルさま。
オータムナルさまは窓枠に腕を置き、額に手を当てたまま一言もしゃべらない。
強引についてきちゃったことを、まだ怒っておいでなのか……
この沈黙が気づまりで
「あの……」
おずおずと声を掛けると
はぁ…
オータムナルさまは大きなため息を吐いた。
P.444
やっぱり―――
怒っておいでなのだ。
彼の気遣いを無駄にして、強引についてきてしまった俺に――――
でも
一人では行かせられなかった。
どんな危険が待ち構えているのか分からないって言うのに。
目の前の信号が青から赤に変わった。
雪の降らないこの土地で信号機は横向きに設置されていて、信号機の上に積もった雪でその色が判別しにくい。
後続車はいなかったが、後ろを気にしつつ慎重にブレーキを踏むと
完全に車が停まったところで、オータムナルさまが助手席から身を乗り出した。
車独特の匂いに混ざって芳しい紅茶の香りを一段と強く感じると―――
不意打ちに
キスをされた。
目を閉じる暇さえなく、ただ呆然と彼の背後に浮かぶ景色を眺めていると
唇はそっと離れた。けれど彼の美しい整った顔はすぐには離れて行かず
俺の顎のラインをそっとなぞると
「お前を守りたい―――そう思うのに、私はいつもお前に助けられているな」
彼は少しだけ―――悲しそうに笑った。
俺はゆるゆると首を振った。
「頼もしい教師だよ」
オータムナルさまは俺の頭をぽんぽんと叩いて、顏を離そうとする。
オータムナルさま……
「オータムナルさま……俺……本当はただの教師じゃなく―――」
ブー……!
俺の言葉は、いつの間にか後ろに続いた後続車のクラクションによってかき消された。
気づいたら信号は青に変わっていた。
「ん?」
オータムナルさまが耳を傾ける。
「……………いえ」
俺はギアを入れ替えてアクセルを踏み込んだ。
「ただ、呼んだだけです。
呼んだら―――来てくれるのでしょう?」
「Yes.make sure it happens.
(ああ、必ずな―――)
I will return to you.
(お前の元に)」
「え……?」
今度は俺が聞き返すと、
「何でもない」
オータムナルさまは口元に淡い笑みを浮かべた。
P.445
中央銀行にはそれから十分ほどで到着した。
この雪で客はまばらかと思っていたのに、意外にも行内は賑わっている。
年末だからだろうか。
古めかしい石の壁で囲まれた行内には、日本と同様窓口となるカウンターがあり、行員が客の相手をしている。
カウンターも柱もさらには待合室に設置してある椅子までも、どこかレトロでアンティーク調の洒落たデザインだ。
天井は高く、宮殿と同じようなドーム型をしていて、その柱には瀟洒な細工が施してある。
『bank』と言われなければ、博物館でも通じそうな佇まいではある。
―――手紙に添付されていたブロンズ製のアンティーク調の鍵には貸金庫の番号であるナンバーが彫ってあって
オータムナルさまはそれを行員に見せて説明をした。
果たしてこの鍵だけで貸金庫に案内してもらえるのかどうか……
不安だったが、どうやらその心配は杞憂に終わった。
すぐに責任者っぽい人がその鍵を確認して、手続きが終わり次第すぐに案内してくれると言う。
貸金庫に案内されるのを待っている最中
オータムナルさまは皇子とバレないように、一応色の薄いサングラスをしてさらに帽子をかぶり、口元をマフラーで隠す、と言う徹底ぶり。
それでも滲み出る美しさを隠しきることはできずに、ちらりちらりと女性行員や客たちがこちらを注目している。
その視線から逃れるようオータムナルさまは顏を逸らし、ぼそっと俺に耳打ち。
「正体を隠すどころか、これじゃ銀行強盗に間違われるな」
「それは大丈夫ですよ」
みんな怪しいから見てるんじゃなくて、その美しさを注目してるわけだから。
俺は思わず苦笑いしていると
ドンッ!
何かに後ろからタックルされて
「ぅを!」俺は前のめりに倒れそうになった。オータムナルさまが支えてくれて転ぶことはなかったが。
P.446
その何か、は赤いダッフルコートを着た小さな女の子だった。年のころは5歳ぐらいだろうか。
フードをかぶったその隙間からオータムナルさまと同じ色のきれいな金髪が覗いている。
少女は無邪気な微笑みを浮かべていた。
「You look like an angel.
(おにいちゃん、天使のように見えるわ)」
エンジェル!?
いやいや……天使みたいに可愛いのはキミの方で……
「新手のナンパか?」とオータムナルさまは女の子と俺をしげしげ。
「モテる男は大変だな」と笑っている。
ナンパ!?……って、んなわけないっつうの!
俺はその子と同じ目線になるよう屈むと
「Hi.Cuteangel.You came alone today? Where is the mom?
(やぁ可愛い天使さん。一人で来たの?ママは?)」
たどたどしい英語で笑いかけた。
「There is the mom over there.
(ママはあっちにいるの)」
女の子はベージュのコートに身を包んだ一人の女性を指さし。
その女性は目を吊り上げて大股にこちらに向かってきた。
「Jennie! Stop going somewhere without permission!
(ジェニー、勝手にどこかへ行っちゃわないで!)
I'm sorry to trouble you.
(すみません、ご迷惑をおかけして)」
女の人はジェニーと呼ばれた子と良く似たきれいな人だった。しかも礼儀正しいし。
「No…… it is all right.
(いえ……大丈夫です)」
ぎこちなく笑い返すと、女の人はジェニーちゃんの手を引いて窓口に向かって行った。
「Good-bye angel's brother,see you later.
(バイバイ、またね天使のおにいちゃん)」
女の子はちょっと振り返り内緒話でもするように唇に指を当て「しー」の仕草。
俺も同じ仕草で「Bye」と小声で返すと、女の子は屈託なく笑って口だけを動かせた。
「Open heartedly,brother.
(心を開いて、おにいちゃん)」
え――――……
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「待っっ……」
俺は呼びかけたが、彼女にその問いかけが届かなかったのかジェニーちゃんは大人しくママについていった。
赤いコートの裾が、ひらりと翻る。
年の頃は―――五歳………いや、もしかしたら六歳かもしれない。
『Who is your employer?(雇主が誰か?)
It's me(私よ)』
ふいに蘇る。
あの言葉が―――
赤い―――コート。
そう―――今でも夢で見る“あのとき”の―――俺を助けてくれた赤いコートの女は―――
『Open heartedly,Kou.(心を開いて、コウ)』
「ステイシー……?」
何故―――その女の子をそう思ったのか。何故重ねたのか―――
生まれ変わり……なんてバカバカしい。
でも―――
この世に化学で説明できない何かが存在するのなら、彼女の存在が―――
このときの出会いが………これから起こる“事件”を予兆していたのかもしれない。
「オータムナルさ……」
思わず近くに居たオータムナルさまのコートの裾を引っ張ると、
「Sorry to have kept you waiting very much.This way, please.
(大変長らくお持たせいたしました。どうぞこちらへ)」
その言葉で俺の思考はかき消された。
銀行のお偉いさんと思われる行員がにこにこ笑顔で、俺たちを貸金庫の方へと案内してくれる。
にこにこと愛想の良い白人男性の行員だった。いかにも清潔そうなスーツに身を纏っている。
この発音………
彼の語尾が少し気になったが、案内されることによって、俺はいっとき色んなことを忘れた。
「Let your hair down.
(どうぞごゆっくり)」
パタン……
重々しい鉄製の扉が閉まり、俺たちは並んでいる銀色のボックスの列を眺めた。
P.448
問題の貸金庫ナンバーはすぐに発見できた。
手紙に添付されていた鍵は偽物ではなく、ちゃんと鍵穴に差し込めたし、開くことができた。
銀行の貸金庫には危険物の類を預けることはできない。
この銀行の貸金庫はコンピューターの赤外線サーモグラフィで内容物を管理されている、とのこと。
危険な薬品物や武器の類は預け入れられない仕組みだそうだ。
少なくとも開けたらドカン!ってことはなさそうだ。
それでも銀製の小さなボックスをテーブルに取り出し、恐る恐る……と言う具合に箱の中身を覗きこむと
そこには
何も入っていなかった
ただ銀色の虚しい底が俺たちの顏を歪んで映し出している。
俺たちは揃って目を開いて、その中を凝視していると静かだった貸金庫の外が妙に騒がしくなった。
女の人の悲鳴のような声も聞こえる。
何かあったに違いない。
俺は慌ててその箱を貸金庫ロッカーに収めると
「罠だ!ここに居ては危険です!!
すぐに出ましょう!」
「あ、ああ」
オータムナルさまは分かりやすいほど落胆していたが、この状況をすぐに理解したのか俺の申し出に素直に頷いた。
オータムナルさまの落胆は分かる。ワトソン博士の謎を知れる、と思っていたろうに見事に空振りに終わったわけだからな。
だけど今は箱の中をひっくり返して、他に何かからくりが施されているかどうか確認する時間はない。
P.449
「早く!」と急かすように俺がオータムナルさまの手を引くと同時だった。
「分かってないな。ここに来た時点で
もう終わりなんだよ、お前らは」
男が一人黒光りするマシンガンの銃口を俺たちに向けていた。
さっきの支店長だ。
いや、支店長だと思って居たが、そうではなかったみたいだ。
すり替わったか、或は銀行ぐるみの罠か―――
気づくべきだった。
さっき俺たちを案内してくれたとき、彼の英語はイギリス訛だった。
感謝祭の夜―――俺がソフィアさんのテントで襲われたときと同じイントネーション。
ごくり
俺は喉を鳴らした。
「無礼な!!私を誰と心得る!」
オータムナルさまは、向けられた銃口にもまったく怯まず果敢に言うと一歩前に歩み出る。
まるで銃口の先から俺を守るように―――
「Shut up!Hands up!
(黙れ!手を上げろ)」
銃口をクイとしゃくり支店長は俺たちに指示。
「Wait!Wait Wait Wait!」
慌てて両手をあげ、俺はオータムナルさまと銃を構えた支店長(もどき)の間に躍り出る。
オータムナルさまを目配せして大人しく言うことを聞くよう頷くと、緊迫した空気を読んだのか、オータムナルさまはそろりと両手を挙げた。
P.450
支店長は俺たちに銃口を向けたまま
「Get up(進め)」と短く命令。
俺たちは言われた通り一歩ゆっくりと前に進みでた。
どうにか支店長の隙を突きたかった俺はことさらゆっくり歩いた。
オータムナルさまも俺の後ろに続く。
のろのろと歩いていると
「Hurry up!(早くしろ!)」と背中に銃口を突きつけられる。
雪よりも冷たい鉄の感触に、暑くもないのに俺の額につー…と冷や汗が流れた。
「Do not rough it up! He don't give a damn.
(乱暴はよせ!この者は何も関係ない)」
オータムナルさまが怒鳴り声をあげたが、支店長はその銃口の先をオータムナルさまに向けて
「Don't answer me back!
(口ごたえするな!)」と怒鳴り返す。
「オータムナルさま!俺は大丈夫ですから…とりあえず言われた通りにしましょう」
俺が手を上げたまま何とか宥めると
「He is act like an angel.He's cognizant of his situation.
(こいつの方がよっぽど聞き分けいいな。自分の置かれた立場をわきまえている)」
Pish.(ふん)
男は満足そうに鼻息を吐く。
俺たちは言われるまま、両手をあげて貸金庫の外へ出た。
俺たちのこの状況を誰かが目にして、叫び声をあげるかもしれない、運が良ければ警察に通報してくるかもしれない
小さな望みを託して。
けれど行内に戻った俺たちが目にした光景を見て
俺は愕然とした。
P.451
黒い覆面を被って武装した男たちが数人、マシンガンを構えて銀行を乗っ取っていた。
客も支店長以外の行員も全員俺たちと同じように手を挙げ、ほとんどの者が床に伏せている。
あちこちで緊迫した悲鳴が聞こえた。
「Shut up!
(静かにしろ!)」
男たちの怒声が宙を飛び交う。
ごくり、と再び息を呑みそろりと振り返るとオータムナルさまも、この平和な国での地獄絵とも言える光景に目を開いて固まっていた。
「Is a hostage last by him?
(それで最後か)」
覆面を被った一人の男が低い声で問い、俺たち二人を見て銃口を向けてくる。
俺たちの背後でマシンガンを突きつけている支店長が『Last.Besides there is no one.(最後だ、他に誰もいない)』と答える。
その言葉に頷き、銃を向けていた男が今度はカウンターのテーブルに伏せている女性行員の髪の毛を掴み、『Hey,you!(おい、お前!)』と怒鳴り声を挙げて、女性行員は悲鳴を挙げた。
「Stop the violence!(乱暴はやめろ!)」オータムナルさまが果敢に言って一歩前に進みでる。
『Can't you understand the word to which I said "Shut up!"
(静かにしろ!と言った言葉が分からないのか!)』
すぐさま支店長のマシンガンの先がオータムナルさまの背中を突きつけた。
「No!No no no no!」
今度は慌てて俺がその突き付けられた銃の前に出ると、支店長は眉を片方だけを吊り上げた。
「I does what you say.Please stop roughing!
(言う通りにするから!だから乱暴はやめてくれ)」
懇願に近い物言いで言うと、支店長はまたも「Pish!(ふん)」と鼻息を吐き、一旦は銃を取り下げる。
何だ――――……
この違和感。
P.452
小さな違和感を感じて、だけどその違和感の正体が分からずもやもやとしていると
「Stuff money in this bag!
(金をここに詰めろ!)」
ドサッ!
男は麻製の袋をカウンターに投げ置き、女性行員は震えながらも小さく頷いた。
目的は
銀行強盗―――……?
オータムナルさま―――じゃなかったのか……
違和感の正体がこれだったのか……今の俺には判断できない。
女性行員が震える手でもたつきながら札束を袋に入れている間、俺はぐるりと辺りを見渡した。
武装した男たちは支店長を含めて四人。
出入り口に一人。女性行員に指示している男がカウンターに一人。そして待合室で銃を構えながら不審な行動をしている者がいないかチェックしている男が一人。
最後に一人、俺たちに銃を向けている支店長―――と言う図だ。
対するこちらは客と行員を合わせて三十人弱、と言ったところか。
俺たちは全員―――この強盗たちの人質だ。
P.453
多勢に無勢、と言いたいところだが銃を目の前に突き付けられて冷静になんてなれない。
その客たちの中に、さっきの赤いコートの女の子を見つけた。
ジェニーちゃんだ。彼女はお母さんにしっかりと抱きしめられ、床に座り込んでいた。
帰ったんじゃなかったのか―――
「Help me,brother……
(お兄ちゃん……助けて…)」と小声で口だけを動かす。彼女は今にも泣きそうに瞳を揺らしていた。
それでも泣きださないだけ偉い。あんな銃を突きつけられて―――怖いだろうに……
あんな小さな子まで―――
握った拳に力が入ってぎりぎりと音を立てているようだった。
だが、この状況では身動き一つ取れない。下手な動きをしたら誰かが殺されるかもしれない。
何より俺の隣にはオータムナルさまがいらっしゃる。危険にさらすわけにはいかない。
行員が札束を詰めている最中だった。
にわかに銀行の外が騒がしくなった。
ゥ゛ウ゛ーーー!!
サイレンの音が聞こえ、
警察だ!とほっとしたのも束の間。
「Why does the police come here!! Who reported it! Premature!
(何でサツが!!一体誰が通報したんだ!!早過ぎる!)」
強盗たちは慌てて女性行員がまだ札束を入れ途中だった袋を奪い、マシンガンを俺たち客に向けてきた。
P.454
思わぬ事態に銀行強盗たちも困惑と焦燥があったのだろう。
「Come on!You are hostage!
(来い!お前は人質だ!)」
近くに座り込んでいたジェニーちゃんを無理やり立たせる。
ジェニーちゃんのお母さんが「Please don't do that.
(おやめください!)」と泣き叫び、強盗の膝に縋る。
「Get your hands off! Nothing to do you!
(離せ!お前に用はない!)」強盗の一味はお母さんの腕を引きはがし、乱暴に蹴り上げる。
彼女が後方に吹き飛び、オータムナルさまが慌てて走っていき彼女を支えた。
「Separate the child!I become a hostage in place of her!
(その子を離せ!かわりに私が人質になる!)」
な、何を言い出すーーー!!
P.455
そりゃオータムナルさまのそう言う正義感の強いところも好きだけど、もう少し立場って言うのも考えてほしいって言うか……
って!そんなこと考えている場合じゃない!
マズい!オータムナルさまがこの国の皇子であられるお人だって知られたら、ただじゃ済まされない。
だけどそんな焦りまくりの俺の内心なんて一ミリも分かっていないのだろう、オータムナルさまはその場でしゃがんでお母さんを支えて強盗を見上げた。
「You?
(お前が?)」
強盗の一味は眉を顰める。
「Yes.Therefore separate the child.
(ああ。だからその子を離せ)
My orders!I'm this country is…
(これは命令だ。私はこの国の―――……)」
言いかけたところで、今度は俺が慌てて前に出た。
「I'll be a hostage! He is physically weak!
(人質なら俺が!彼は体が弱いんです!)」口から出まかせだった。
P.456
「紅―――……何を言う!」オータムナルさまが目を吊り上げたが、「しっ!」俺は唇に手を当てオータムナルさまに黙るよう指示。
身体を病んでいる(という設定)人質よりも健康体の方が何かと便利だ。
犯人たちの足手まといになることはあるまい。
「I become the shield of the police. Please separate her.
(俺なら警察からの楯になれる。彼女を離してください)」
俺はジェニーちゃんを目配せ。
男は考えているようだった。どうするべきか仲間の意見を窺おうとちらりと仲間を見やった瞬間―――
俺はバレル(銃身:撃発により推進された弾丸が通る銃口までの経路)を前腕(ゼンワン)で挟み込み、
一瞬の内、怯んだ男の手から銃を奪った。
P.457
男の手から完全に銃が離れると、それを武器にストック(銃床:肩に当て、照準を安定させるための部品)の腹で男の横っ面を殴り飛ばす。
「紅!!?」オータムナルさまが声を挙げ、男の手が完全にジェニーちゃんから離れると、俺はジェニーちゃんの腕を掴んでオータムナルさまに引き渡した。
「Shit…!You!
(くっ……!お前っっ)」
俺が殴った男が口元を押さえながらよろよろと起き上がった。
俺のパンチで簡単にダウンしないのは、よく訓練された証拠だ。
だがしかし、感心してる場合じゃない。
他の男が俺に向かって素早く銃を構える気配がした。俺は銃弾が発射されるより早く今立ち上がったばかりの男の肩を掴み、俺自身はヤツの背に隠れると
すぐさま銃弾の轟音が響いた。
行内に人質たちの悲鳴が響き渡った。
「No!(ぐっ!!)」
俺が楯にした男は肩から血を流し、俺はそいつから手を離すと乱暴に床に落とした。
男は肩に手を当て、流れる血を止めようと必死だ。
俺は男の元にしゃがみ込み覆面を剥ぐと、
「Hey,Hello, again, brother.
(よーぉ、また会ったな、兄弟)
Thank you for the other day.
(こないだはどーも)」
短く挨拶をして、再び立ち上がり、マガジン(弾倉)から弾を抜き出しバラバラと鈍い音をたて鉛が床にばらまかれる。
「Sorry,I dislike the gun.
(わりぃな。銃は嫌いなんだよ)」
それだけ言ってマシンガンと銃の本体を床に放り投げた。
「You……
(お前………)
Darkness angel.
(闇天使)」
男は血だらけの震える指で俺を指さし。
そう、この男の顏に俺は見覚えがあった。
英国領事館の―――SPたちだ。
P.458
随分と――――魅惑的な通り名だな。
ふっ
俺は口の端で笑い、床に倒れた男を見下ろした。
色々聞きたいことがあったが、今はそれどころじゃない。
何せ敵はまだ三人居るからな。
「Who are you!
(お前!何者だ!)」
支店長(もどき)が銃を構えるより早く、俺は腰を捻ってその銃を蹴り飛ばした。
支店長(もどき)はすぐさまパンチを繰り出してきてが、俺はそれを腕で阻止。ついでに支店長の腹に一発膝蹴りをお見舞いしてやると、こいつは腹を押さえながらその場で蹲った。
「It is these lines. What is a purpose?
(それはこっちの台詞だ。お前らこそ何が目的だ)」
「Shoot……
(くっ……)」
支店長は歯軋りをして俺を見上げている。ヤツの返事を待っているとき
「紅!後ろ!」
オータムナルさまの声で俺は振り返った。
振り返ると同時、残りの二人が俺めがけて拳銃を構え、トリガーを引いた。
轟音が響いて、俺の足元を銃弾が雨のように降り注ぐ。
辺りはまたも騒然となった。
俺は素早く辺りを見渡して、オータムナルさま、ジェニーちゃんをはじめとする幾人の人質たちの安全を確認して走り出した。
今や狙いは完全に俺に向いている。
好都合だ。
カウンターに飛び乗ると、助走をつけてカウンターを滑る。
まるでスライディングのように勢いをつけて、カウンターが途切れると開脚。
両サイドに仁王立ちになっていた男どもの顎と腹に強烈な蹴りをかますと、二人はそろって後ろにひっくり返った。
すぐさまカウンターから飛び降り、さっきと同じようにマガジンから弾を抜き出しマシンガンを床に放り投げる。
「二丁あがり」
P.459
何とか最悪な事態を免れることができた。
俺が伸した男たち三人は怪我こそ負ってはいるものの命に別状はない。
人質はオータムナルさまも含めて全員無事。傷一つ負っていない。
だがしかし安心している場合ではない。
すぐにバタバタと機動隊の乱暴な足音が聞こえてきた。
まずいなぁ。
ここで警察のお世話になるわけにはいかねんだよ。
「紅!これは一体……!お前は何者なんだ…!」
ひたすら困惑した様子でジェニーちゃんをぎゅっと抱きしめてるオータムナルさまに向かい合うと
「話は後で、とにかくここを出ましょう」
俺は彼の腕を引き、近くで頭を抱えていた女性行員に
「Where is an exit of the backs?
(裏の出口は?)」
と口早に聞くと、
「An exit is over there.
(あ、あちらです!)」
女性行員は慌てて事務所の奥まった扉を指さし。
「Thanks♪」
短く礼を言って、俺はまだ足元で呻いている男の腰に掛かっている…恐らくバックアップ用に用意していたのだろう、オートマチック種の拳銃を引き抜いた。
ガチャッ!
スライドを引いて、コッキング状態(撃鉄が起こされ射撃の準備が完了)にあるのを確認して俺はそれをベルトへねじ込んだ。
「ベレッタ84Fか。まぁ悪くはないな。護身用に貰っていくぜ?」
用意した拳銃は男が引き抜く暇もなく、伸びることになって最終的には敵である俺に持ち去られる運命にあるんだからな、憐れなもんだぜ。
遠くで
「Hurry up!Go go go go go!(急げ!)」と、男たちの緊迫した怒声が聞こえる。
「ヤッベ。俺たちも急ぎましょう!」
尚もまだ言いたげだったオータムナルさまの手を強引に引き、俺たちは出口に向かった。
P.460
裏口は細く暗い道が入り組んでいる裏道だった。下水と埃の臭いが立ち込めていて、お世辞にもきれいとは言い難い。
上を見上げると、複雑に入り組む非常階段やら梯子やらが空を覆っていた。
闇雲に逃げるわけにはいかない。
ここで迷ったら無事に帰れる保証はゼロだ。
俺は尻ポケットからスマホを取り出して慌ててキーに指を滑らせた。
「何をすると言うのだ」
オータムナルさまが後ろを気にしながら聞いてくる。
「衛星をハッキングします。細かい位置情報を知りたい。
それから無線の盗聴も。恐らく機動隊がやりとりしてる」
「そんなことができるのか」
オータムナルさまは俺の手元を覗き込み、目を丸める。
「お前は本当に何者……」
「話は後。位置情報きた!こっち!」
俺はオータムナルさまの質問を遮って、彼の手を引き再び走り出した。
――――
どれぐらい走っただろう。
バシャン!
地面のくぼみにたまった水たまりを跳ねる音がやけに大きく耳朶をうつ。
はぁはぁ……
息が切れる……心臓が大きな音を立てて暴れている。脂汗が額に浮かび上がる。
何故だ……体力だけは自信があるのに、この消耗……
「紅……紅!!」
オータムナルさまが俺の手を強くひき、俺の名前を呼んだ。
無言で振り返ると、
「お前……!怪我をしているではないか!!」
俺の脚首を指さし。確かに指摘された場所……スーツパンツから赤黒い血がにじみ出ていて薄暗い路地に転々と血の痕を落としていた。
そっか…俺、怪我してたんだ。だから……
けど、ここで立ち止まってるわけにはいかない。
「……ああ。さっきの強盗の流れ弾に当たっただけでしょう」
あっさり言って前に進もうとすると、オータムナルさまは俺を何の店か分からない薄暗い店の裏口へと引っ張った。
P.461<→次へ>
冬の夜
キミへの気持ちを窓に託しました
たった一言が言えない私は臆病者ですか?
でも今はこれが精一杯
雪に想いを
『次はお天気コーナーです。今日から明日にかけて低気圧が日本の南を発達しながら東北東に進み、明日には日本の東に進む見込みです。
関東甲信地方では今夜から雨が次第に雪に変わり、あす午前中にかけて山沿いを中心に、平野部でも積雪となる所がある見込みです。雪による交通障害、架線や電線、樹木等への着雪、路面の凍結に注意してください』
今朝のワイドショーのお天気キャスターの言葉を思い出したのは、勤めている会社の定時を迎え業務を終えたときだった。
「えー!やだっ!雪降ってるじゃん」と誰からともなく声が挙がり
「ホントだー、私傘持ってきてない」
「どうりで冷えると思った」
と同僚たちが次々と口にする。
またも誰かが「せっかく彼氏に買って貰ったバッグが濡れちゃう」と言い出し、それでもちっとも困った様子ではなく、どこか誇らし気だ。
そしてその周りの女子たちが盛んに羨ましがる。
「いいなー、でもあたし今度のクリスマスにダイヤの指輪ねだっちゃうんだー」と一人の女の子。
「いいなー!」黄色い声に、私は苦笑いを浮かべるしかない。ここでの男の年収と、女の品格は反比例する。いかにいい服を着るか、いかにいいバッグを持つか、いかにいい男を彼氏にするか、年中こんな会話でうんざりする。
かと言って輪に加わらないわけにはいかない。仕事とプライベートの内容こそ比例するのだ。
P.1
「仁科《にしな》さんはいつも素敵な服着てますよね」ふいに一人から話題を振られた。
「えっ、そう?」私は曖昧に笑って言葉を濁した。今日の服装は白いタイトワンピ。腰回りに太いベルトが巻き付いていて、ちょっと豪華に見えるゴールドのバックルがワンポイント。
そして同じくゴールド系のスパンコールが襟元に入ったコートを腕にかけて帰りたいアピール。
シンプルな服装だったけど、流石は目が肥えている女子たち。すぐにそれが高価なものだと見破った。女のチェック程厳しいものはない。私がオシャレをするのは対、男ではなく、彼女たちの為。
「仁科さんてぇ、結婚しないんですかぁ」間延びした話し方が赦されるのはこの年代の特権だ。
「結婚ね……相手がいないから」私は適当にごまかして再び言葉を濁した。
こう言っておけば大抵の女は引き下がる。私が長い間、人付き合いをしてきて、これが最良の方法だと知ったのはつい最近のこと。
私がこの会社に勤めはじめて五年になる。この会社での女性正社員では長いほうだ。後から派遣された若い女の子たちから見れば私なんてお局のようだった。
「そう言えばぁ仁科さん、この前見ちゃったんですぅ」一人の女の子が思わせぶりに口元へ手をやった。
短く切った髪にはパーマがあててあり、傍から見ればマシュマロのように可愛らしい女の子だ。
だが、そんな可愛らしさに惑わされてはいけない。女はいつでも顔の下にしたたかな一面を隠しているのだから。
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「何を?」私は平静を装って取り澄ました。
もしかして“アイツ”と居る所を見られた?と思ってドキリとしたが
「この前の金曜日、青山のイタリアンレストランで、経理の前田さんと一緒にいるところぉ」
ああ、そっちか。とちょっとほっと安堵する。
「ええー!!」周りから黄色い声が飛ぶ。私は思わず頭を押さえたくなった。
そう、確かに経理の前田に誘われて先週の金曜に青山まで行った。
でも食事をしただけで、別に艶かしい関係ではない。だが、ここで重要なのが、経理の前田という男、この会社ではなかなかのハンサムでしかも独身、きさくな性格をしているわりには頼れる上司でもあるのだ。そうゆう男を若い女性社員が放っておくわけがない。
「いいなー、ねえお二人って付き合ってるんですか?」
食事をするイコール男女の関係と、どうして若い子たちはそう短絡的なのだろう。私はこの場から逃げ出したくなった。だけど、この場から立ち去ると認めたことになってしまう。
「別に、ただお食事に誘われただけよ」
「うそー、絶対前田さん仁科さんのこと狙ってるわよぅ。だって、あたしたちがいくら誘っても全然だったのよー。それなのに前田さんは仁科さんのこと」
嫉妬心と羨望の眼差しで見られ、私は思わず後ずさり。
何とか前田との話を切り返し、従業員出入り口から女子の群れに混ざって出てきた所だった。
遠くで派手なエンジン音が聞こえてきて、この狭い路地裏へと近づいてきた。この聞き慣れたエンジン音。私は嫌な予感がして思わず一方通行の標識を見つめた。
「よーう、仁科」黒のポルシェの窓から腕を出し、銜えタバコをしながら九条《くじょう》が手を振っている。
「やっぱり」
私は、今度こそ頭痛をこらえるように頭をしっかりと押さえた。
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「仁科、今終わりか?これから飯でも食わねー?」
この状況を知らずに能天気に笑ってるその整った横っ面に今すぐ張り手を食らわせたい。
「あ、あんたいつ東京に戻ってきたわけ?」私は女の子の群れから一人離れると、九条の車に近づいた。
「あー、悪い。三日ぐらい前かな?この前言ってた日本料理屋行こうぜ」
「あんたっていつも何で急なのよ」
私が声を潜めて九条を睨んでいるときだった。
「えー、仁科さんの彼氏さんですかぁ?かっこいい!」
女の子たちの視線が九条に移った。予想していなかった最悪の事態。
上半身しか見えなかったが、今日の九条は黒いジャケットの中に白いカットソーを着ていて、真冬だって言うのに襟ぐりに濃いサングラスをかけている。いつものように髪をラフにセットしてあって、左耳には輪っかのようなピアスが三つ光っていた。
そう
どこからどーみてもこいつは
ホスト。
P.4
「仁科、今終わりか?これから飯でも食わねー?」
この状況を知らずに能天気に笑ってるその整った横っ面に今すぐ張り手を食らわせたい。
「あ、あんたいつ東京に戻ってきたわけ?」私は女の子の群れから一人離れると、九条の車に近づいた。
「あー、悪い。三日ぐらい前かな?この前言ってた日本料理屋行こうぜ」
「あんたっていつも何で急なのよ」
私が声を潜めて九条を睨んでいるときだった。
「えー、仁科さんの彼氏さんですかぁ?かっこいい!」
女の子たちの視線が九条に移った。予想していなかった最悪の事態。
上半身しか見えなかったが、今日の九条は黒いジャケットの中に白いカットソーを着ていて、真冬だって言うのに襟ぐりに濃いサングラスをかけている。いつものように髪をラフにセットしてあって、左耳には輪っかのようなピアスが三つ光っていた。
そう
どこからどーみてもこいつは
ホスト。
P.4
でも勘違いしてもらっては困る。私はこいつの客じゃない。東京を離れていたのも、大方客の一人と遠征旅行でもしていたのだろう。
「違っ!こいつとは単なる腐れ縁。彼氏とかじゃないから」
と慌てて否定するも秒の単位で噂が回るこの会社で明日の朝には『仁科さんて、ホストに貢いでるらしいよ』とあちこちで言われるに違いない。
くらり、と眩暈が起きた。
腐れ縁、と言うのは間違いない。中学からの同級生だから。
「じゃあ、本命は前田さんですかぁ?」女の子達が興味津々で目を輝かせている。
「前田??ひどいなー、仁科ぁ。俺たち何度もセック……もがっ」
最後の方が言葉にならなかったのは私の手が九条の口を塞いだから。
ふざけんな!何言い出すんだこいつぁ!!
空気読めっつうの!
と言うことを目で訴えると、流石に冗談が過ぎたと思ったのか九条は苦笑い。
「で?行くの?行かないの?」せっかちに聞かれて
「わかったわよ!行くわよ」半ば怒鳴るように九条を睨みつけると、私はそそくさと助手席に回った。
「それじゃ、私はこれで。お先に」女の子たちにはなるべく平静を装って、にこやかに手を振る。
ため息をついて車の助手席を開けると、運転席から九条が笑顔で手を差し伸べてきた。
「ただいま、仁科」
昔とちっとも変わらない笑顔。眉が下がり、目を細める、優しい笑顔。そして時々その低い声で呼ばれる、自分の名前。何だかくすぐったいが、この笑顔を向けられたら、たとえ九条の勝手に振り回されても、赦せてしまう。
「……おかえりなさい」私は俯くと、小さく返事を返した。
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前述した通り私と九条とは中学からの付き合いだ。かれこれ十年以上の付き合いになる。十年、と言う歳月は長く感じられるけれど、その間に音信不通になったり、そしてどこからか連絡先を入手して電話を寄越して来たり、をだらだらと繰り返している。
でも、私たちははっきりと『付き合って』はいない。もちろん九条のブラックジョークの『体の関係』もない。
あるのは中学生から変わらないノリと
私が九条のこと「好き」
と言うことだけ。歳を重ねて、九条がホストになって……あ、今はホストじゃなくホスト店を経営してるオーナー様でもあったかしら。とにかく環境は変わったものの、不変的な何かは確実に存在している。
パワーウィンドウの外をちらほらと雪が降っていた。
「北海道行ってきたんだ~土産に蟹買ってきてやったぞ」と九条は運転しながらどこか楽しそう。
「北海道……ここより雪が多そうね」ぼんやりと呟きながら、九条に気づかれない程度にこっそりと、外気との差で曇った窓ガラスに、人差し指で
『好き』
と書く。
私の書いた文字は私の体で隠れて九条からは見えない。
「蟹すきしようぜ~、お前んちで」
「何であんたを一々上げないといけない?」
言い合いをしながら、やがて私のマンションに着く頃にはみぞれになった大粒の白いものが私の『好き』をかき消す。
「だってお前んち床暖あるじゃん?」
「そんな理由かよ」
中学生から変わってないこの関係とノリ。
今はまだ―――
この関係でいいや。
~FIN~
P.6