Autumnal

逃走?闘争?


 

「何故、無理をする!」

 

 

こんなときにまで怒られてる俺……どうなの??

 

 

オータムナルさまは見るからに高級そうなマフラーを躊躇なく引き裂くと俺の脚首に巻いた。

 

 

「痛かったろうに……私や大勢の人質を守るためお前はたった一人…」

 

 

オータムナルさまが目を伏せる。

 

 

こんなときにまで……オータムナルさまの美しさは輝いていて、黄金色の髪の毛とか紅茶色の肌とか、まるで宝石のように美しい。

 

 

こんな―――汚い路地裏を逃げ回っているお姿なんて、似合わない。

 

 

彼はもっと煌びやかで美しいものに囲まれて、堂々と居るのが―――お似合いなんだ。

 

 

 

 

 

 

俺とは―――住む世界が違うお人

 

 

 

 

 

 

 

最初から分かっていたのに、彼の優しさに触れて彼の純粋な部分に気づいて、彼のぬくもりに包まれて

 

 

俺はひととき夢を見ていたに違いない。

 

 

 

 

P.462


 

 

だが、今は夢を見ている暇ではないのだ。

 

 

とにかくここから脱出しなければ。

 

 

警察に見つかったら厄介なことになる。

 

 

俺は再びスマホに向き合うと、表示されていた細かい地図の画面がゆらりと揺れた。

 

 

「!」

 

 

俺が目を開いて凝視していると、画面は大きく揺れ灰色の砂嵐へと変わった。

 

 

「くっそ、GPSがいかれちまった」

 

 

だが

 

 

『Proceed!(こっちだ!)』盗聴した無線は生きている。

 

 

くそっ!このままでは時間の問題だ。

 

 

俺はオータムナルさまの手を握ると、前を目配せ。

 

 

 

 

 

「オータムナルさま、

 

 

 

俺が囮になります。あなたは逃げて。

 

 

 

 

もし捕まっても、あなたはこの国の皇子だ。強盗に巻き込まれてその犯人の一味に拉致られそうになった、と言えばいい」

 

 

 

 

 

「何を………言う…」

 

 

オータムナルさまは目を開いた。「それは…お前が捕まってもいいと言うのか!お前を見殺しにしろ!と」

 

 

「見殺しなんて大げさな」俺は場違いなほど明るく笑った。「追ってきているのは警察だ。彼らは俺を逮捕しても、大人しく投降すればすぐに殺されることなんてありません」

 

 

はっきりきっぱり言い切ったが

 

 

「ならぬ」

 

 

例のごとく、またもはっきりきっぱり言い返されちゃった。

 

 

俺は下を向いた。強引に口の端を吊り上げて笑った。

 

 

 

 

 

 

「その台詞、聞き飽きました。もう……俺―――我儘皇子の子守とか嫌なんです。

 

 

正直、貴方から解放されたいんですよ」

 

 

 

 

 

 

嘘だ―――

 

 

これっぽっちの本心じゃない。

 

 

一緒に居たい。ずっとずっと―――永遠に―――

 

 

 

 

 

 

 

だから逃げて―――

 

 

 

 

どうかご無事で―――

 

 

 

 

 

貴方を想う気持ちは永遠に

 

 

 

 

 

 

 

 

P.463


 

 

俺がオータムナルさまの手からそっと手を離そうとすると、オータムナルさまの手が慌てて俺の手を握り返してきた。

 

 

寒い冬の夜に、凍えた俺の心を温めてくれそうな―――あったかい手だった。

 

 

このぬくもりを離したくない。

 

 

このぬくもりにずっと包まれていたい。

 

 

でも――――……

 

 

「―――それはお前の本心か」

 

 

―いいえ

 

 

「……そうです」

 

 

「私を鬱陶しく思っていた、と」

 

 

―そんなわけない

 

 

「…はい」

 

 

本音と嘘が俺の中をぐちゃぐちゃに満たす。もう、何をどう言っているのか分からなくなってきた頃

 

 

 

 

 

「たとえそうだとしても、私はお前をここに置いていくことはない」

 

 

 

 

 

ぎゅっ

 

 

力を入れて手を握られて俺の手からスマホが滑り落ちそうになったときだった。

 

 

Pi――――……ザザッ!

 

 

不快なノイズ音に混じって

 

 

 

 

 

 

 

 

『Hello T.This is SY. In answer.

(T。こちらSY。応答せよ)』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女の声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

P.464


 

 

俺とオータムナルさまが目を開いてその声のなるスマホに視線を落としていると

 

 

『Would you like to know why I can talk with you?

(何故話せるかって?)

 

 

 

It's because a cycle was taken over.

(周波を乗っ取ったからよ。)

 

 

 

 

――――T

 

 

 

 

Are you chased?

(追われているのでしょう?)

 

 

I can help you.

(私ならあなたたちを助けてあげられる)

 

 

Approval cord.

(承認コードを)』

 

 

「この女は何者だ?お前の知り合いか?Tとは

 

 

オータムナルさまが口早に質問してくる。

 

 

「知り合いってことは……」

 

 

でもこの声――――………

 

 

レディブラックスワン―――

 

 

『Not have time to dwell on?

(迷ってる暇なんてないんじゃないの)』

 

 

「紅」

 

 

『T』

 

 

 

俺はオータムナルさまとスマホの間で視線をいったりきたり。

 

 

くそっ!どうすればいい――――!!!

 

 

 

 

 

 

『T

 

 

 

Not have time to dwell on.

(迷ってる暇はない))

 

 

 

Approval cord…

(承認コード……)』

 

 

 

 

 

 

最後まで聞かないうちに俺は

 

 

 

 

 

「E!

 

……Z1-492PE62-LG3A-***」

 

 

 

 

 

 

与えられた承認コードを叫んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

P.465


 

 

 

このSYと言う女……レディブラックスワンを信用できるのか、それは分からなかった。

 

 

感謝祭の夜、一度は助けられたが、その後狩りの場でオータムナルさま一行を襲ってきたのだ。

 

 

大きな賭けだったが、今はこの申し出に縋る他、道はない。

 

 

『OK。T

 

 

ではその道を北へ100m。その先にバーの看板があるわ、そこを右に、そして……』

 

 

SYは、俺を仲間だと認識したのか急に打ち解けた日本語に変わって道を説明してくれた。

 

 

俺はスマホを耳に当てたまま、再びオータムナルさまの手を取り走り出した。

 

 

 

 

 

――――

 

 

SYなる人物のナビゲーションは的確だった。

 

 

警察の追手に掴ることなく、町のメインストリートに出ることができた。

 

 

だがSYの指示はまだ続く。

 

 

『私の正体が知りたいでしょう?だったら、言う通りにして。

 

 

メインストリートを2キロ南下して。脇道があるから左折すると向かって右手に今は封鎖されているショットバーがある。

 

 

そこが私のアジトよ。二十分後、そこで待つ』

 

 

俺は腕時計を見下ろした。

 

 

まずはこのまま宮殿に引き返すことが最優先だ。だが、スピーカー機能にしていたスマホから相手の会話を聞いていたオータムナルさまが

 

 

「タクシーを」

 

 

と運よく……いや、悪く…か……タクシーを呼び寄せた。

 

 

有無を言わさず腕を引っ張られてタクシーに押し込められる俺。そしてオータムナルさまはレディブラックスワンのアジトである場所を運転手に告げた。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってください!危険です!!俺一人で行きます」

 

 

「ここまで来てお前を一人で行かせられるか。行くなら一緒だ、紅」

 

 

至極真剣ななまなざしでそう言われて俺は――――その視線を跳ね除けることができなかった。

 

 

 

P.466


 

 

――――

 

 

――

 

 

レディブラックスワンが指定したショットバーはすぐに見つかった。

 

 

今は閉店している、と言った言葉は本当で、錆びれた看板だけが蝶番をきぃきぃ鳴らしてかろうじてぶら下がっている状態だ。

 

 

建物自体は大きくなく、白い土壁……いや、今は若干くすんだ茶色をしている…だけが、無機質にそびえ立ってる。

 

 

のっぽの三角屋根が特徴的で、パッと見は教会っぽくも見えなくはない。

 

 

ガラス製のドアの奥は真っ暗で、所々蜘蛛の巣が張っている。

 

 

その曇りを晴らすように手のひらでガラス窓を撫でると、やはり何ら変わりない暗闇が部屋を満たしていた。

 

 

俺がオータムナルさまを見上げると、彼は無言で一つ頷いた。

 

 

くすんだブロンズ製のドアノブを回すと、ぎぃぃとこれまたおあつらえ向きな音を立ててゆっくりと内側に開く。

 

 

銃を両手で構えて俺は室内に素早く視線を回した。

 

 

その後にオータムナルさまが続く。

 

 

室内は薄暗かった。壊れた照明器具……シャンデリアのようなものが天井からぶら下がっていて蜘蛛が自身の住処にしている。

 

 

バーと言ったが、テーブルや椅子は見当たらなく、代わりに白い大小さまざまな形で布が被っていた。

 

 

慎重に…手近にあった一つの布をバサリと取り外すと、それは古びたロッキングチェアだった。

 

 

俺が布をはがしたせいで、ぎぃぎぃと奇妙な音を立てて木製の椅子が軋む。

 

 

「気味が悪いな」

 

 

「ええ……」

 

 

さすがの俺もこの異様とも呼べる光景を目の前に、慎重にならざるを得なかった。

 

 

コツっ

 

 

何かがつま先に当たり、下を見るとそれはくすんだ色をした銀製のナイフだった。

 

 

だいぶ錆びれてはいるが、まだ使えそうだ。

 

 

俺はそのナイフを取り上げると、切っ先の埃を息でふきかけそれをズボンのベルトにそっと挟み込んだ。

 

 

一歩進むと、今度は

 

 

ザリッ……

 

 

渇いた音がまたも足元から聞こえてきて、自分の靴が割れたガラスの破片を踏んだ音だと気づいた。

 

 

「オータムナルさま……この場所にガラスが落ちてます。気を付けて…」

 

 

言いかけたときだった。

 

 

また同じ……かすかな音が奥の部屋から聞こえてきて、俺は銃をそちらに向けた。

 

 

 

 

P.467


 

 

その扉は木製で、長方形の枠が彫られているだけのシンプルなものだった。

 

 

俺は銃を向けながらそっとその扉を外側に開き、薄暗い室内にスマホのライトを向けた。

 

 

僅かな埃が宙を舞っている空間の向こう側、女の後ろ姿がぼんやりと浮かび上がる。

 

 

見事なブロンド…

 

 

華奢な体型で背はそれほど高くはない。暗くてその色が何色なのか判別できなかったが明るい色のワンピースを着ている。

 

 

「Put your hands up! (手を挙げろ)」

 

 

俺が銃口の先をその女の背中に向けて怒鳴ると、女はびくりと肩を揺らしてそろりと両手を挙げ

 

 

「Look back here slowly!(ゆっくりとこっちを向け)」

 

 

またも俺の命令に、女は―――大人しく従うつもりなのかまるでスローモーションのようにゆっくり、ゆっくりとこちらを振り向く。

 

 

その姿は――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コウ………――――お兄様………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今にも泣きだしそうな表情を浮かべた

 

 

 

「マリアさま!?」

「マリア!!」

 

 

 

 

だった。

 

 

 

 

 

P.468


 

 

 

 

 

何故――――

 

 

 

マリアさまが―――……!

 

 

 

 

 

マリアさまはひたすら困惑したように眉を寄せている。ゆらゆら揺れるサファイヤブルーの瞳は、まるで荒れた海の色を連想させられた。

 

 

オータムナルさまが俺の後ろから銃のスライド部分を押さえる。

 

 

「紅!銃を降ろせ!あれは私の妹だ。

 

 

敵などではない!」

 

 

「しかし……」

 

 

俺はオータムナルさまに銃を押さえられていても、それを降ろす気はなかった。

 

 

体は小さいが力には自信がある。現にオータムナルさまが銃身を抑え込んでも、俺の銃口は一ミリたりともブレない。

 

 

俺の意思もそれほど強固なものだ。

 

 

マリアさまがSYだとは思わないが、何らかの罠だったら――――……

 

 

「紅!」

 

 

オータムナルさまが怒鳴り、その声は暗い室内に大きく響いた。俺とマリアさま二人が揃ってビクリと肩を揺らす。

 

 

「…違うの!お兄様!!わたくしは……」

 

 

マリアさまが何か言いかけたときだった。

 

 

「銃を降ろしなさい、T」

 

 

闇の中から女の声が聞こえて、ぴたりと冷たい銃口を額の横に感じる。

 

 

――――いつの間に……

 

 

ぞくり

 

 

俺の額に冷や汗が浮かび、横目でその女を捉えると、女は―――以前俺が目撃した姿……黒い革のジャケットに革のパンツ姿で目に黒いサングラスの姿で銃を右手で構えていた。

 

 

「はじめまして、と言うべきかしらT」

 

 

「SY………?」

 

 

分かり切っていたことなのに、今一度確証を得るため、彼女の名を……いや、コードネームを呟く。

 

 

女は……レディブラックスワンは、軽く肩をすくめてみせただけだった。

 

 

「紅……いかがする……」

 

 

オータムナルさまの不安げな声が背後から聞こえてきて、俺はちらりとマリアさまの方を窺った。

 

 

彼女は可哀想なぐらい怯えきっていて、暗がりの中でも分かるほど顔を青ざめさせていた。

 

 

ガチャッ!

 

俺は無言で手にしていた銃を放り投げ、渇いた空間に似つかわしくない金属の鈍い音が床から響いた。

 

 

 

P.469


 

 

「懸命な判断ね」

 

 

SYは喉の奥で低く笑った。

 

 

随分―――余裕があるようだ。マリアさまは人質だったわけだ。

 

 

これで手も足もでない。

 

 

5秒……いや3秒でも時間が…隙があれば、SYから銃を奪うことができる。

 

 

「……落ち着けよ。俺たち仲間だろ……」

 

 

何でもいいから一瞬の隙を突きたかった俺は、わざとおどけて肩をすくめて見せた。

 

 

SYがうっすら笑った気配がして、俺は彼女を睨んだ。

 

 

 

 

 

「仲間?そうね―――

 

 

私たちはずっと――――仲間だったわ。

 

 

 

 

 

 

 

私は常にあなたの傍に居たから」

 

 

 

 

 

 

傍に――――……?

 

 

やはり宮殿内の人間だったか。

 

 

 

 

 

 

SYが銃を構えながら反対の手でサングラスをゆっくり外した。

 

 

ごくり

 

 

俺の喉が鳴った。ゆっくりとサングラスが外され、天窓から白い月の光が入ってきて、女の顏を露わにする。

 

 

 

 

 その顏は

 

 

 

 

 

        『傍に居た』

 

 

 

 

 

 

    と言う言葉の本当の意味――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       え―――――…………

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は目を開いた。同時にオータムナルさまも目を開く気配がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

        で ――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

P.470


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沙夜――――……

 

 

 

 

 

 

    ……さん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

P.471


 

 

 

沙夜さんがSY………!?

 

 

どういうこと!?

 

 

だってあの虫も殺せないような、ふわふわか弱い深層の御令嬢が……

 

 

今はいかにも手慣れた手つきで拳銃を構えている。

 

 

今まで何かとつけて助け合ってきた、相談にも乗ってくれたし、恋バナもした仲だっていうのに、その銃口の先を、まるで氷のような……見たことのない冷たい無表情で俺に向けていた。

 

 

声も―――俺の知っているヒバリのような軽やかなものじゃない。

 

 

1オクターブ低い。

 

 

ソフィアさんのテントで黒馬に乗って助けてくれたのも、狩りに行ったとき俺たちを襲ったのも

 

 

 

 

 

沙夜さん―――

 

 

 

 

 

 

P.472


 

 

にわかに信じられない光景に、俺の戦闘意識も低下していく。驚きにみっともなく口を開いていると

 

 

「沙夜!そなた何をしているのか分かっておるのか。

 

 

あろうことか我が妹姫を楯に取り、皇子である私に銃を向けるなど!」

 

 

オータムナルさまが怒鳴り声を挙げ、その声にびくり!俺は呪縛が解けたように目の前の沙夜さんを……いや、SYを改めて見据えた。

 

 

そうだ、これは現実だ。

 

 

俺は……いや、俺たちは沙夜さんに銃を向けられている。

 

 

「マリアさまは人質ですか……沙夜さん。

 

 

あなたがこんな卑怯な真似をするとは、思いも寄らなかった」

 

 

俺が睨むと、沙夜さんは……いやSYはうっすら笑っただけで何も答えてくれなかった。

 

 

「違うの!お兄様!!コウっ!」

 

 

代わりに答えてくれたのはマリアさまだった。

 

 

「沙夜姫はわたくしを助け……」

 

 

言いかけた言葉を、「しー」沙夜さんは唇に指を当てマリアさまに黙るようにそっと指示。

 

 

まるで秘密を共有した子供のように、内緒話をするように……その目は悪戯っこのような無邪気なものだった。

 

 

マリアさまは言い掛けた言葉を飲み込んだ。

 

 

「どうゆうことだ、マリア。沙夜がお前を助けた……と?」

 

 

オータムナルさまがマリアさまをちらりと窺い、マリアさまは沙夜さんを気にするようにちらりと彼女を見つめ、やがて下を向いた。

 

 

「私がマリアさまを助けたか、或は人質にとったかどうか、なんて今はそんなこと知る必要はない。

 

 

それよりも皇子」

 

 

沙夜さんは、また…初めて見せるぞっとするような妖艶な笑みを赤い唇に浮かべオータムナルさまに微笑みかけた。

 

 

そして俺の知っているふわふわな沙夜さんの軽やかな声で―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コウさんの正体をご存じで?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

言ったのだ。

 

 

 

 

 

 

P.473


 

 

沙夜さんの質問に、オータムナルさまが俺の方をゆっくりと見る。

 

 

「隠し事はいけないことですわ、コウさん」

 

 

沙夜さんがうっすら笑う。

 

 

「紅――――……」

 

 

オータムナルさまが戸惑ったように俺を呼んだ。

 

 

「知らないのなら教えてさしあげましょう。

 

 

彼の正体を」

 

 

沙夜さんは軽やかに笑って、どこからか白へびのぬいぐるみを取り出した。

 

 

「あれは私が紅にやった……」

 

 

そう、それはオータムナルさまからもらったぬいぐるみで、蛇のレイラに尻尾の一部を噛みちぎられている―――見慣れたぬいぐるみだ。

 

 

俺は目を開いて唇を噛んだ。

 

 

 

 

 

――――いつの間に……と言う質問自体バカげている。

 

 

だって俺の部屋は鍵を掛けていない。

 

 

けれど貴重品を盗まれることも、俺の身分証を探られる心配もなかった。

 

 

徹底して隠してあったから―――

 

 

でもSYなら―――

 

 

俺たちは良い意味でも悪い意味でも同志だ。

 

 

顏を見たことはないが、かつては同じ訓練を受けてきた友には違いない。

 

 

それが仇となったのか

 

 

俺が隠した“それ”を沙夜さんはあっさり見つけた―――

 

 

「あなたの口から言えないのなら、わたくしから言いましょうか?コウさん」

 

 

喉の奥で低く笑いながら沙夜さんは白へびを掲げる。

 

 

 

 

 

 

「やめろ……」

 

 

 

 

 

沙夜さんの1オクターブ低い声に負けず劣らず、俺の声が低まった。

 

 

沙夜さんが白へびをオータムナルさまに手渡そうとしている。「ただのぬいぐるみじゃないか」オータムナルさまは困惑した様子で白へびを受け取ろうとしていた。

 

 

「やめてくれ……」

 

 

沙夜さんの手から白へびがオータムナルさまの手に渡るその瞬間―――

 

 

 

 

俺は後ろに回した手で、さっき拾ったナイフを素早く取り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぉおおおおおお ――――――!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の怒声が響き渡り、それと同時に俺は沙夜さんめがけてナイフを振りかざした。

 

 

 

 

 

 

P.474<→次へ>


コメント: 0