Chat Noir -黒猫と私- Deux(2nd)

 

Cat №33 黒猫と笑う猫

 

 

 

 

 

『黒猫と笑う猫』

 

 

 

 

 

「帽子屋も三月ウサギでもなかったら、じゃぁ真田さんは何を探しているんですか?」

 

 

 

 

 

捨てた筈の黒猫

 

 

 

 

 

 

 


P.114


 

 

――――

 

 

結局

 

 

合コン先に指定されたお店へ向かう私。

 

 

涼子にあんなに必死にお願いされちゃね。

 

 

行く、と決めた以上溝口さんの見張りはしっかりするわよ!

 

 

「でも時間がない!遅刻しそうっ」

 

 

私は電車のホームへと続く階段を駆け下りた。

 

 

いつもと違う電車だから何時に何が来るのかもさっぱりだし。

 

 

慌ててホームへ降り立つと、電車は行ったばかりなのか、ホームに待ってる人は少なかった。

 

 

一番近くの乗り場へ歩いていくと、私の前に先客が。

 

 

すらりと背の高い男の人で、黒いトレンチコートを着ている。

 

 

あ、あの人、溝口さんぽいな~

 

 

溝口さんだったりして。

 

 

確かめるつもりでさらに近づくと、その男の人の横顔がちらりと見えた。

 

 

溝口さん―――…じゃなかった。

 

 

横顔だけだけど、びっくりするような

 

 

 

 

 

 

イケメン

 

 

 

 

 

肌が透き通るように白くてきれいで、大き目の目じりは急角度で吊り上っている。

 

 

一見してちょっと怖そうとも思えるけどすっと透った高い鼻筋や整った薄い唇が上品さを漂わせていた。

 

 

 

わぁぉ。

 

 

 

顔ちっちゃ~、肌キレイ!

 

 

心の中でちっちゃく感嘆。自分と別世界の人だなぁ。

 

 

『まもなく2番ホームを新快速列車が通過します。黄色い線の内側に下がってご注意ください』

 

 

場内アナウンスが流れ、

 

 

 

そのときだった。

 

 

そのイケメンは

 

 

 

 

 

コートの裾を僅かに翻し、一歩進むと身を乗り出した。

 

 

 

 

 

え――――…!

 

 

 

 

 

 

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ォオオオ!

 

 

列車が鉄の線路を軋ませる轟音が近づいてきて、その勢いで風が舞いイケメンのコートの裾をなびかせる。

 

 

整った横顔がまたも見え、その顔は人形のように

 

 

 

無表情だった。

 

 

 

ま……

 

 

 

 

 

 

 

 

「待って!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

ほとんど何も考えず体が動いた。

 

 

ドサっ

 

 

お弁当が入った紙袋が落ちたけど、この際どうだっていい。

 

 

私は手を伸ばし、イケメンの腕を無我夢中で掴んだ。

 

 

細身の…だけどきれいな筋肉がついた腕を力いっぱい掴んで―――引き戻す。

 

 

男の人を引っ張るのは、それはそれは結構な力が必要で、でも火事場の馬鹿力って言うの??

 

 

とにかく夢中で引っ張った。

 

 

 

 

 

「―――……え…?」

 

 

 

 

 

イケメンがゆっくり振り返り、驚いたように目を開く。

 

 

私が腕を引いたせいでイケメンが少しバランスを崩して私の方によろけてきたけれど、私にぶつかるところなく何とか立ち止まる。

 

 

真正面から改めて見たイケメン。

 

 

横顔よりももっと―――

 

 

整った美しい顔立ちの青年だった。長い睫が頬に影を落としている。

 

 

 

 

 

ふわり

 

 

風が吹いてイケメンのコートの裾が再び舞い

 

 

ォォオオ!

 

 

列車が通過する音が聞こえ、私たちは揃って音がした方を振り向いた。

 

 

列車は何事もなく“反対側”のホームを通過していって

 

 

 

 

 

「……へ??」

 

 

 

 

 

遠くへ過ぎ行く列車を見送りながら、自分がとんでもない勘違いしたことに

 

 

 

気付いた。

 

 

 

 

 

 

 

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間違えた!?

 

 

通過する列車は反対方向で、間違えた!と気付いても私は慌て過ぎていて、イケメンの腕を掴んだまま、呆然と立ち尽くしていた。

 

 

再びイケメンが私を振り返り、私が掴んでいる腕を見下ろしながら何か言いかけたケド

 

 

「……あの…」

 

 

「す、すみません!わ、私早トチリで!!」

 

 

私はイケメンの言葉を遮り、数秒遅れでようやく冷静さを取り戻し慌てて手を離す。

 

 

イケメンは掴まれていた腕と私の顔を見比べ、

 

 

「早トチリ……

 

 

ああ、僕があらぬ気でも起こしたか……と、思ったんですか?」

 

 

ええ、そのとーりでゴザイマス。

 

 

はじめてちゃんと聞くイケメンの声は…声までイケメン(?)だった。

 

 

しびれる甘いヴォイスで、でも喋り方はちょっと強面のその顔とは似つかずおっとり優しい。

 

 

キツめな瞳とは違って、口角が優しい角度で上がる。

 

 

「時間、見ていただけですよ。ほら、あそこに時計が。見にくいんですよね。

 

 

ちょっと急ぎの用があったもので」

 

 

イケメンは目だけを上げて駅に設置されている時計を指差し。

 

 

…確かに。あの位置だったら時計は見辛いかも。

 

 

「ホントにすみません」

 

 

もうこの言葉しか言えません。

 

 

平謝りでひたすらに頭を下げると

 

 

イケメンはちょっと屈んで、私の足元に転がったお弁当の紙袋を手に取り上げ

 

 

 

 

「いえ。助けようとしてくれたんでしょう?

 

 

ありがとうございます。これ、あなたの?」

 

 

 

 

 

イケメンはこれまた極上な爽やか笑顔でにこっと微笑むと私に紙袋を手渡してきた。

 

 

「そーです……って!お弁当!!ぐちゃぐちゃ!!」

 

 

一応タッパーには入れたけど、容器の中であちこち移動しておかずが混ざり合ってる。

 

 

結局、私はイケメンの笑顔よりもお弁当の中身の方が大事だったり…

 

 

 

 

 

 

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「お弁当?誰かに差し上げる予定だったのですか?」

 

 

丁寧に聞かれて

 

 

「いえ。差し上げる予定の人は未定です」

 

 

私、日本語変。

 

 

「つまり誰にあげるかもまだ決まってない状態で…余り物詰め込んできただけなので気にしないでください」

 

 

私は軽く手を挙げて「溝口さんにでもあげよっかな。あの人だったら食べてくれるでしょ…」

 

 

と独り言をボソ。

 

 

その独り言を聞いていたのか

 

 

「溝口?」

 

 

イケメンが少しだけ目をぱちぱち。

 

 

わぁ!聞かれてたっ。

 

 

「い、いえ!独り言です!!すみません、それじゃ」

 

 

自殺未遂だと勘違って、さらにはみっともないお弁当も見られちゃって恥ずかし過ぎるし、キマヅ過ぎる。

 

 

てなわけで私はそそくさと後ずさりして、逃げるように隣の車両の乗り場へ移動。

 

 

あのまま同じ車両とか無理。

 

 

あまりの不審過ぎる私の動きに謎のイケメンは最初の方こそ気にしていたものの、やがて列車が来ると大人しく乗り込んでいった。

 

 

 

――――

 

 

 

ガタンゴトン…

 

 

電車に揺られながら、私は何となく―――ちらりと隣の車両に目を向けた。

 

 

列車の中は適度に混雑していて、でもあのイケメンの姿は……

 

 

窓際で腕を組んで窓の外をじっと無表情で見つめていて、でも私の視線に気付いたのかちらりとこちらを気にする。

 

 

思い切り目が合って、またもにこっと優しく微笑まれる。

 

 

わ!

 

 

私は慌てて目を逸らし何でもないように窓の外を眺めた。

 

 

まさか降りる駅も一緒じゃないよね。

 

 

かなりのイケメンだけど、それ以上に大失態を犯してしまったから、恥ずかし過ぎてすぐに忘れたいし忘れてほしい。

 

 

ガタン

 

 

列車が大きく揺れてほんの少し足場が悪くなりよろけると、またも隣の車両が目に入った。

 

 

さっきまで窓際に居たあのイケメンは―――居なくなっていた。

 

 

 

あれ??

 

 

 

 

 

 

 

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途中に駅なんて無かったけど、どこか違う場所まで移動していったに違いない。

 

 

ちょっとだけ、ほっ

 

 

 

目的の駅に到着して流れる人の列に混ざって駅の改札を通ったはいいけど、

 

 

「えーっと…合コンの会場は…」

 

 

涼子に聞いたお店は駅から歩いて五分ほどのところらしいけどいまいち場所がつかめていない。

 

 

ケータイを取り出し、もたもたとお店のURLを検索しようとしていると、

 

 

ん???

 

 

ちょっと先に…さっきの黒いコート姿が…

 

 

え゛!まさかの降りる駅も一緒!

 

 

こうゆうの普通だったら“運命”とか言っちゃうんだけど、あんな失態しでかしておいて“運命”もへったくれもない。

 

 

人の波の中、

 

 

まるで私がついてきていることを確認するように、イケメンがちらりと後ろを振り返り

 

 

私と目が合うとやっぱりにっこり微笑む。

 

 

まるで『不思議の国』に迷い込んだアリスを誘導するチェシャ猫のように―――

 

 

笑顔一つで導いてくれる。

 

 

まぁでもチェシャ猫ってあんなに柔らかく“にこっ”って感じじゃなく“にやにや”だけどね。

 

 

再びケータイに目を戻しお店のホームページを見て、そしてまたも何となく顔を戻すと

 

 

あれ…??いない。

 

 

消えたり…かと思ったら急に現れたり。

 

 

そう思ったらまた消えたり。

 

 

 

 

 

 

――――本当にチェシャ猫だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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――――

 

 

――

 

 

結局来てしまった。

 

 

涼子が予約した、と言うお店のHPを何度もケータイで確認しながら、

 

 

何故か手作り弁当持参で合コンに参加する女が一名。

 

 

何なのこの状況。ありえないよ。

 

 

ブツブツ思いながらお店に向かっていると

 

 

「朝都さん!」

 

 

お店の前で溝口さんがブンブン手を振っていて、見知った顔にちょっとほっ。

 

 

「良かった~…来てくれないと思ったから」

 

 

溝口さんは私以上にほっ。

 

 

「涼子に代わって溝口さんの監視を仰せつかまりました。今日はよろしくお願いします」

 

 

嫌味混じりで言うと溝口さんにその嫌味が通じてないのか、私を無遠慮にじろじろ。

 

 

「朝都さん…化けましたねー…普段とは大違い」

 

 

溝口さんは口元に手をやってちょっと顔をそらす。

 

 

はぁ!?化けた、とな!!『コスプレ』より酷いよ!

 

 

「あなたの彼女の仕業ですよ。二人して一体何を企んでるんですかっ」

 

 

思わず溝口さんを睨むと、溝口さんは話題を変えるように私の背後に目をやって

 

 

「おっ」と口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

「樗木!こっちこっち~!」

 

 

 

 

 

 

チシャキ……変わった名前…

 

 

溝口さんのお友達で合コンメンバーのお相手の一人??

 

 

何となく振り返ると

 

 

 

 

 

 

「お待たせ」

 

 

 

 

 

 

 

ぅわぁ。

 

 

 

“運命”☆そして“再会”―――したくなかったよ!!

 

 

さっきのイケメン!いつの間に私の背後に!!?

 

 

ってツッコむとこそこじゃないよ!

 

 

 

溝口さんのお友達だったの!!!!?

 

 

 

最悪↓↓

 

 

 

 

 

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合コンに当たりハズレってあるじゃない?

 

 

運を2パターンで選べるのなら、当たりを引く可能性は二分の一。

 

 

今日の合コンのメンバーをこの2パターンで別けるなら、間違いなく当たりっ!!

 

 

てな具合で溝口さんのお友達は溝口さんチェシャ猫さんをはじめとする、残り二人も今風のイケメンだった。

 

 

二分の一の確立でも合コンでなかなか当たりを引くのは難しいし、そもそも最初から期待してなかった私はそのメンバーを見て思わず引き腰。

 

 

ちょっとお洒落な和食ダイニングバーはほのかにトーンダウンしてあるってのに、この場所だけキラキラしてるような…

 

 

中でもやっぱり一際目を引くのはチェシャ猫さん。

 

 

「樗木さんてぇ彼女居るんですかぁ」

 

 

おっとぉ。いきなり突っ込んでいくなぁ。

 

 

私を除く女子たちはチェシャ猫さんにターゲットロックオン!てところか。

 

 

私はさっきのことがあるから恥ずかしくて目も合わせられない。

 

 

「居ません、残念ながら」

 

 

チェシャ猫さんはまたもおっとり笑って、女子たちは更にテンション↑↑

 

 

「居ないって!やった☆」

 

 

居ないんだ、あんなにかっこいいのに。

 

 

それにしても女子!何て可愛いんだ!

 

 

やっぱ女はこうゆう可愛い反応しなきゃね。弁当の心配してる場合じゃないって。

 

 

溝口さんが狙われてるってワケじゃなさそうだから、こうなったら一刻も早く立ち去りたい。

 

 

私は最初からオトコを探しにきたわけじゃないし、溝口さんの見張りのためだったから最初から溝口さんの隣をキープ。

 

 

何だかんだ言ってこの位置が一番安心。

 

 

「早く終わりませんかね…」と弱音を吐きながら溝口さんの袖を引っ張ると

 

 

「何言ってンすか」

 

 

と溝口さんは呆れ顔。まぁ主催者だしね。

 

 

そんなやり取りをしてると

 

 

じっ……

 

 

チェシャ猫さんの視線が……突き刺さるように痛い。

 

 

見てる、見てる!めっちゃ見てる。

 

 

 

 

 

 

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何故見る。

 

 

その真意を知りたくてちらりとチェシャ猫さんの方を見ると

 

 

 

にこっと白い歯を見せて笑ってくれて

 

 

あまりにも無邪気に笑われて、私は慌てて顔を逸らした。

 

 

やっぱさっきの失態がおかしくてついつい笑っちゃうのか。

 

 

それとも違う理由で―――…?

 

 

結局チェシャ猫さんの真意なんて分かる筈もなく。

 

 

 

何なの……と心の中で零す。

 

 

目を逸らした先には涼子のお友達……私とは違う学部の女子三人もみんなすっごく可愛いくてノリがいい。

 

 

「はいは~い!女性陣、飲み物何がいい??♪」

 

 

溝口さんがノリも良くこの会をリードしてくれて…

 

 

てか溝口さん、慣れてんなー

 

 

涼子が居ないからってハメ外さないように目を光らせておかなきゃ。

 

 

「私カルーアミルク」

 

「私、ピーチツリーフィズ」

 

「私は……ノンアルコールのピンクサファイヤ♪」

 

 

 

女性陣…頼むドリンクも可愛いし。

 

 

「朝都さんは……」

 

 

溝口さんが気を遣って聞いてくれたけど

 

 

「決まってるでしょう?まずは生中で」

 

 

「ですよね~」

 

 

一人だけ明らかに毛色が違う私。

 

 

なじめてないのは分かってるけど、ただ酒だと分かってるし、そもそも彼氏を作るつもりでいなかったかららかっこ付ける必要なんてないし。

 

 

でも私たちの会話が聞こえてたのかチェシャ猫さんは「ははっ」と明るい笑い声を漏らして、またも笑顔。

 

 

ホントに…

 

 

 

 

 

何なのよ。

 

 

 

 

 

 

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それから数分後、

 

 

 

サラダやから揚げ、枝豆やらポテトフライ等の居酒屋定番のメニューがテーブルに並び

 

 

恒例の自己紹介も終わり、

 

 

十数分すると合コン特有のぎくしゃくした雰囲気が何となく薄らぎつつあった。

 

 

ひとえに盛り上げ役の溝口さんの手腕にも寄るものだけど。

 

 

「え~!!溝口さんおもしろ~い♪♪」

 

 

そして女の子にモテモテ。

 

 

みんなチェシャ猫さん狙いだったと思ったのに、イケメンに対するハングリー精神ハンパない。

 

 

 

私は…と言うと、溝口さんが繰り出す話題そっちのけで

 

 

「溝口さん、メニュー取ってくれます?」

 

 

「溝口さん、店員さん呼んでください」

 

 

「溝口さん、溝口さん…」

 

 

こんなにも彼の名前を呼んだのもあとにも先にもこの日だけ。

 

 

溝口コールをし続け、夢でも私は溝口さんを呼びそうだ。

 

 

何て言ったって涼子に頼まれてるからね!

 

 

しっかり見張らないとっ。

 

 

あからさまな私のけん制に溝口さんはちょっと苦笑い。

 

 

「朝都さん、ちょっと…」

 

 

と、遂には呼び出しを食らってしまった。

 

 

個室の外…ほのかにトーンダウンした廊下で私と溝口さんは立ち話。

 

 

「涼子さんに頼まれて俺の監視してるんでしょう?大丈夫ですから、

 

 

涼子さんを裏切るようなことは絶対にしませんから。

 

 

だから今日は俺らのことなんて忘れて、朝都さんは楽しんでくださいよ」

 

 

「楽しむつもりなんて最初からないです。

 

 

私は今日、溝口さんの監視に来たのです」

 

 

キラっと目を光らせて溝口さんを見上げると、

 

 

「はぁ……これじゃうまくいくのもいかないよ…」

 

 

と溝口さんは独り言をもらしてため息。

 

 

別にうまくいかなくてもいいし。てか望んでないし。

 

 

そんな会話をしていると、個室の引き戸からチェシャ猫さんが顔だけちらりと覗かせてこちらを伺っていた。

 

 

こっから見ると、首だけ浮いてるように見えるよ。

 

 

やっぱりチェシャ猫だ。

 

 

 

 

 

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溝口さんが気付かないうちに、チェシャ猫さんの首はひょっこり引き戸の向こう側に消えて

 

 

「いいですか?変な気は遣わないでいいですから楽しんでください」

 

 

と言うクドクドお説教(?)を聞き流しながらも私たちは個室に戻った。

 

 

引き戸を開けると、入り口に誰かが潜んでいたのか私の手をそっと握って引っ張られる。

 

 

チェシャ猫の次は忍(シノビ:忍者)!?

 

 

思わず目を剥いて凝視すると、やっぱりチェシャ猫さんで―――

 

 

ああ…やっぱり……何でこの人私に突っかかってくるのかなー…

 

 

さっきのは謝ったでしょう??

 

 

とは当然ながら言い出せず

 

 

私は有無を言わさずストンとその場に座らされた。

 

 

「…あ…あの??」

 

 

思わず聞くと

 

 

「溝口とはどうゆう関係ですか?」

 

 

と、ホームに立っていたときの無表情で聞かれる。

 

 

どーゆう関係……て。

 

 

友達??でもないし、ましてや恋人でもない。

 

 

「私の研究室に出入りしてる担当が溝口さんで、それ以上もそれ以下もないです」

 

 

結局素直に答えた。

 

 

チェシャ猫さんはほっとしたように頬を緩ませまたも穏やかな笑顔。

 

 

「あ、私の親友が溝口さんと付き合ってるんです」

 

 

補足の説明を加えると、チェシャ猫さんは破顔一笑。

 

 

「さっき溝口って名前聞いたとき…もしかして今日のメンバーなのかも、って思いました」

 

 

あぁ…思い出したくもないあのときの…

 

 

「そしたらやっぱり当たりで、

 

 

本当は僕こうゆう所苦手で、今日来る予定ではなかったんですけど

 

 

溝口にどうしてもメンバーが足りないから来てくれって言われて渋々だったんですが

 

 

でも

 

 

 

 

 

 

来て良かった」

 

 

 

 

 

 

 

 

P.124

 

 

来て良かった

 

 

 よかった

 

 

   ―――よかった

 

 

 

 

※エコーでお聞きください♪

 

 

ああ、チェシャ猫さんの声が耳奥にこだまする。

 

 

普通の女子だったらそんな爽やか笑顔でそんな嬉しそうにされると、勘違いしちゃうよ?

 

 

考えたらさぁ、こんなイケメンが自分に興味持つことなんてありえないし。

 

 

チェシャ猫だし??あの笑顔の裏で何か別のこと考えてるんだよ。

 

 

 

 

勘違い――――

 

なんてしない。

 

 

 

 

すぐ隣にすっごいイケメンがいるってのに、私の中は違うネコのことでいっぱい。

 

 

ずっとずっと―――……

 

 

 

 

「生憎ですが、帽子屋も三月ウサギも探してませんから案内は不要です」

 

 

私が手を挙げると

 

 

「は?」

 

 

とチェシャ猫さんは目をきょとん。

 

 

「…いえ、独り言です。お気になさらず」

 

 

私はジョッキの中のビールをぐいと煽り、小さくため息。

 

 

何言ってんだか、私。

 

 

その横でチェシャ猫さんは頬杖をついて楽しそうにのんびり。

 

 

「独り言多いですね。帽子屋も三月ウサギでもなかったら、じゃぁ真田さんは何を探しているんですか?」

 

 

そう聞かれて私はちょっとだけ目を伏せた。

 

 

 

 

 

「捨てた筈の黒猫」

 

 

 

 

 

バカな私。

 

 

いくらチェシャ猫さんが優しくても、どんな場所にでも導いてくれる気がしても、

 

 

黒猫の元には導いてくれるはずもないのに。

 

 

 

 

 

P.125

 

 

「黒猫?ペット飼ってるんですか?」

 

 

そう聞かれて私は曖昧に笑ってごまかした。

 

 

ビールをぐいと飲み込む。気付いたらもうビールのジョッキは空だった。チェシャ猫さんのジョッキも空だ。

 

 

「「次、何か飲みます?」」

 

 

どちらからともなく聞いて、でも二人して同じタイミングで声が被った。

 

 

「「ビールで」」

 

 

そして答えるタイミングも内容も一緒だった。

 

 

二人して笑う。

 

 

 

 

 

ようやくチェシャ猫さんと笑うタイミングが合わさった。

 

 

 

 

 

 

最初はミステリアスな雰囲気がちょっと苦手だったけど、今はちょっとだけ「面白いかも」と思える。

 

 

そんなやり取りを目にしていた溝口さんたちメンズが遠巻きで、珍しいものを見るような目つきで、じっ…

 

 

今度は溝口さん??

 

 

一体何だってのよ。

 

 

 

「めっずらし~“あの”樗木が」

 

 

「朝都ちゃんみたいのがタイプなのか?」

 

 

溝口さんたちのひそひそ話…てか聞こえてるからヒソヒソってほどでもないけど。

 

 

何だか気になる噂だったけれど、目の前で女子たちが面白く無さそうにブスっと唇を尖らせていて

 

 

「あたしにもメニュー見せてください~」と強引に割り込んでくる女の子も。

 

 

チェシャ猫さん大人気だな。

 

 

その後チェシャ猫さんの向かい側や隣で女の子たちが入れ替わり立ち代りトークをしていって、私の隣も入れ替わり立ち代りメンズたちが話しかけてくる。

 

 

そのうちの何度目かで

 

 

「朝都さん、さっき樗木と何話してたんスか?」

 

 

溝口さんが隣に来て、私の隣だからか、すっかりくつろぎモードで胡坐をかいて私に聞いてきた。

 

 

「何って、ビールとかおつまみの話を少々」

 

 

三分クッキングの『塩少々』ってな具合で出来上がった料理は~

 

 

「あまり実のない話でした」

 

 

溝口さんはビールのジョッキに口をつけて、ちょっと考えるように前を向き

 

 

 

 

 

「めっずらしい。“あの”樗木が……」

 

 

 

 

もう一度呟いた。

 

 

だから何なのよ。

 

 

“あの”って何??

 

 

暗号か!

 

 

 

 

 

 

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