Autumnal

スキャンダラスな皇族


 

 

負傷した秋矢さんはお付きの一人と同乗して、

 

 

俺は来たときと同じようにオータムナルさまに乗せられて、宮殿に戻った。

 

 

戻ってきてからがさぁ大変。

 

 

出迎えてくれたマリアさまと沙夜さんお二人は顔を青くして秋矢さんの怪我を心配。

 

 

無理もない。

 

 

狩猟用のブーツから飛び出た厚手綿パンツの裾には、蹴られた際に木々で切ったのであろう血がべっとりとついているし、

 

 

裂けた生地からざっくり切れた傷が覗いている。

 

 

さらに、恐らく捻挫でもしたのだろう、脚を変な風に引きずっている。

 

 

それを見て沙夜さんなんてぶっ倒れそうだ。

 

 

……モテる男ってのはいいねぇ~……羨ましいぜ……

 

 

なんて呑気に思ってる場合じゃないって!

 

 

「賊に襲われたのだ」

 

 

オータムナルさまの説明にお二人がそろってさらに顏を青くする。

 

 

「大した怪我ではないです。お気になさらず」

 

 

秋矢さんは大怪我をしているのにいつものポーカーフェイスを浮かべてる。

 

 

女性陣二人の前だから、とかじゃなく最初から特に痛がった様子もない。

 

 

どーなってる、秋矢さんの体……痛覚がないんじゃないの??

 

 

 

 

秋矢さんの体も謎だったが、もっと謎なことが……

 

 

 

オータムナルさまが『賊』と言ったあの女は―――

 

 

 

 

 

 

 

何者なんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

P.375


 

 

部屋に戻った俺はベッドの下から手書きの地図を取り出して、そこに書かれた口紅の文字をじっと見つめた。

 

 

 

『How's the weather in LA now?』

 (LAの気候はどう?)

 

 

と書かれていて、キスマークが押し付けられている。

 

 

これを書いた人物があの狩りのときに現れた女だとしたら―――?

 

 

不思議なことにあの女から殺意も悪意も感じられなかった。

 

 

でも何故―――俺とコンタクト(接触)を図る―――……

 

 

「分からない」

 

 

地図を見ていても当然答えなんて分かるわけはなく―――

 

 

ただ

 

 

少しずつ……少しずつだけれどこの宮殿…いや皇族に隠された“謎”に近づきつつあるんじゃないか、そんな気がした。

 

 

けど、謎って言ってもなぁ……オータムナルさまやマリアさま……さらには国王さまが俺に何を隠しているって言うんだ。

 

 

ん??待てよ??

 

 

皇族って言えばカイルさまも入るのか…

 

 

ってことはカイルさまは秘密を知っていたことになるよな―――

 

 

あくまで仮説だけど……思って俺は目を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

だから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だから“殺された”んじゃないか――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

P.376


 

 

秘密を知った者は消される―――

 

 

 

もし

 

 

もしもだよ?この方式で行くと、レイラの牙に塗られた毒でオータムナルさまが狙われた理由が分かる。

 

 

さらに行方知れずになっているソフィアさんも―――何らかの形でその秘密を知っちゃったんだ……!

 

 

レディブラックスワンに悪意は感じられなかった。と言うことは

 

 

 

 

 

俺に警告している?

 

 

 

 

 

ガバッ!

 

 

俺はベッドから飛び降りると慌てて地図をベッド下に隠しノートPCを開けた。

 

 

カーティアのことを俺は実はちゃんと知らないんじゃないんだろうか。

 

 

『Karrtia』と乱暴にキーボードを叩き、いくつかのサイトが出てきた。

 

 

一番上のサイトをクリックすると、カーティアの歴史、土地面積、人口、農作物などが英語で説明されていて、

 

 

ポケット辞書片手に翻訳すること一時間…それらの内容は秋矢さんに聞いたものとほぼ代わりが無かった。

 

 

やっぱインターネットって言うのが安易だよな……

 

 

そもそもこの情報が正しいのかどうかも疑わしい。

 

 

半ば諦めていたとき、最後までスクロールしていって一枚の画像が現れた。

 

 

P.377


 

 

それは今はご病床につかれている国王さまと

 

 

オータムナルさま、マリアさま三人のご家族写真が載っていて……

 

 

日付を見ると、今から三年前となっていて、国王さまを除いて御子お二人ともは特にお変わりないご様子。

 

 

って…着目すべきはそこじゃない。

 

 

俺は小さくその背景にある絵画に目を止めた。

 

 

「最後の晩餐?ってことはこの写真は執務室で撮られたってわけか……」

 

 

以前調べた『最後の晩餐』をもう一度キーワードとして入力するとインターネット画面に情報が現れた。

 

 

それはもう何度も何度も目にしたオータムナルさまの執務室の壁に飾られていたあの見覚えのある絵画―――

 

 

 

 

 

『この中にユダが居る』

 

 

 

 

オータムナルさまは以前そう仰っていた。

 

 

と言うことは……狙われる理由を彼は知っているんだ―――

 

 

ドキンドキン……と心臓が早鐘を打つ。

 

 

いや、しかし……そうと決めつけるのは早い。何せ俺だけの推理だし。

 

 

沙夜さんに話したら―――、一緒になって推理してくれるだろうか。

 

 

それともバカにされるのがオチだろうか。(まぁ彼女に限ってはバカにすることはなさそうだけど、代わりに頭の心配をされそうだ)

 

 

それに沙夜さんだってレディブラックスワンの可能性は―――

 

 

……いや、それだけは天と地がひっくり返ってもないな。

 

 

虫の一匹も殺せ無さそうな、あの深層の御令嬢が……レディブラックスワン?自分の考えに笑えてきた。

 

 

でも、じゃぁあれは誰―――

 

 

一人で色々考えていると

 

 

 

 

 

 

 

バタバタッ……

 

 

 

 

 

 

遠くで、誰かが廊下を駆ける音が聞こえてきて

 

 

 

ぎくり

 

 

 

俺は固まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

P.378


 

怖がりなくせに

 

 

興味だけは一丁前にある。

 

 

俺は体を起こしそっと部屋の外に顔を出すと、廊下の角を曲がってこられたマリアさまを目に入れた。

 

 

マリアさま……?こんな夜更けにどこへ――――……

 

 

そう疑問が浮かんだけれど、マリアさまは手で顔を覆いながら何だか泣いていらっしゃるご様子。

 

 

「マリアさま!」

 

 

マリアさまの背後から秋矢さんの声が聞こえてきて、マリアさまは僅かに振り返ると

 

 

涙の粒がキラキラと散った。

 

 

どうゆう状況なのか分からなかったけれど―――

 

 

マリアさまは泣かされたんだ。

 

 

秋矢さんに―――

 

 

そして今、秋矢さんから逃げている。

 

 

俺は思い切って扉を開けると、小声で

 

 

「マリアさまっ!こちらへ」

 

 

と呼び彼女の腕を引いた。

 

 

マリアさまは声も出さず、引っ張られるまま俺の部屋へと滑り込んだ。

 

 

パタン……

 

 

小さな音を聞いて、俺は彼女を抱きしめたままずるずるとその場に崩れた。

 

 

 

 

 

 

な……何やってんだ、俺。

 

 

 

 

P.379


 

 

マリアさまは俺の腕に縋り、嗚咽を漏らしながら顔を俺の胸に埋めてくる。

 

 

俺は―――成り行きとは言え、こんな風に泣いているマリアさまを無碍にできず彼女の頭をそっと抱き寄せた。

 

 

――――

 

――

 

 

それからどれぐらい経ったろう。

 

 

やがて

 

 

「……コウの香りって良い香りね…とても落ち着くわ」

 

 

まだ涙の余韻か、鼻を啜りながらマリアさまが顔を上げたとき、真っ赤に泣き腫らした目と視線がぶつかった。

 

 

俺はマリアさまをゆっくりと立たせて部屋のソファへと促し、彼女の足元に屈んで彼女を見上げた。

 

 

「一体何があったと言うのですか……」

 

 

俺が遠慮がちに聞くと、マリアさまは一度ひっこめた涙でまたも目を潤わせ、

 

 

ぅわ!!俺女の人の涙に弱いんだよ!!

 

 

どーすりゃいいの!!

 

 

「は、話したくなかったらいいです!!無理しないでください」

 

 

慌てて言うと

 

 

「いいえ、聞いてくださる?」と今度はマリアさまが遠慮がちに聞いてきた。

 

 

かくかくしかじか、マリアさまのお話を聞いて俺は目を開いた。

 

 

どうやらマリアさまは沙夜さんと秋矢さんの会話を立ち聞きしてしまったみたいで、彼らが“恋人同士”の別れを告げた場面を一部始終見てしまったようだ。

 

 

……秋矢さん……

 

 

もっとうまくやれよ!!(怒)

 

 

と内心怒ったが、うまくやれてない俺に言われたくないよな秋矢さんも……

 

 

てか、とうとうバレたか―――あれほど心配してた種が今になって芽を出すとは……

 

 

しかも

 

 

 

 

 

最悪なカタチで―――

 

 

 

 

 

 

 

P.380


 

 

「トオルが愛しているのはコウ―――あなただって……

 

 

あなたはご存じなの?」

 

 

遠慮がちに聞かれて、俺は何て答えればいいのか悩んだ。

 

 

「あー…そんなようなこと言われたような…気も…」

 

 

曖昧に言葉を濁して頭の後ろを掻くと

 

 

「はっきりおっしゃって。わたくし今なら何を言われても平気よ」

 

 

まだ涙の残る目をまばたきさせてマリアさまがぎゅっと俺の袖を握る。

 

 

こんな風に―――バラすつもりはなかった。

 

 

いずれ言わなきゃ……と思ってたことだけど……

 

 

マリアさまのお気持ちを考えるとどうしても言えなかった。

 

 

けれど今は―――このタイミングで嘘をつくと、この先もずっとその嘘を通さなきゃならない。

 

 

それだけの覚悟は俺にはなかった。

 

 

ようは臆病者なのだ。

 

 

「秋矢さんは―――側室の座を俺に譲る―――と……」

 

 

「トオル―――……お兄様の寵を退けるなんて、よっぽどあなたに本気なのね」

 

 

マリアさまは細かくまばたきを繰り返し、そのふしにまたもぽろぽろと涙が零れ落ちた。

 

 

「マリアさま―――申し訳ございませ―――」

 

 

謝ろうとした言葉をマリアさまの言葉でかぶせられた。

 

 

「あなたが謝ることなんて何一つないわ。

 

 

沙夜姫のことはショックだったけれど、薄々勘付いていたの。トオルにはわたくし以外にもそうゆう人がいるってこと―――」

 

 

「そう―――…だったのですか」

 

 

「でも好きだったから。わたくしがはじめて好きになった男の人だから…だからっっ

 

 

信じよう―――って思った」

 

 

マリアさまはとうとう顔を両手で覆い、腰を折って泣きだした。

 

 

「マリアさま…」

 

 

彼女を慰めるつもりで、震える背中を撫でさすっていると、マリアさまはゆらりと顔を上げた。

 

 

 

 

 

「それだけじゃないの――――

 

 

 

 

わたくし………もう二か月……

 

 

 

 

 

 

 

こないの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

P.381


 

 

 

え――――………

 

 

一瞬、何を言われているのか本当に分からなかった。

 

 

「えっと……何が…」と間抜け過ぎるほどの答えを返し、

 

 

ぐすっ

 

 

マリアさまは鼻を啜ると

 

 

「レディースデーよ」

 

 

と目尻の涙をぬぐった。

 

 

レディースデー……ああ、生理のことか……

 

 

ん??前にもあったよな、こんな会話。

 

 

デジャヴュ??

 

 

なんて考えてる場合じゃなーーーーーい!!!!!!

 

 

 

 

 

 

「ぇえ!!!

 

 

 

それってそれって!!!

 

 

 

 

秋矢さんの、ののののののの!!!!」

 

 

 

 

 

 

それ以上は恐れおおくて、とてもじゃないが口に出すことができなかった。

 

 

 

 

 

P.382


 

 

「ここ一週間ほど悩んで、悩んで……今日意を決して沙夜姫に相談しに行こうと思ったの。

 

 

沙夜姫はお兄様のご正室であられるけれど、わたくしの良き相談相手でも話相手でもいらっしゃるから。

 

 

何より女同士だし…」

 

 

なるほど、そこで見ちゃったんだな……秋矢さんと沙夜さんが一緒に居るところを―――

 

 

何という間の悪さ。

 

 

「と、とりあえず……はっきり決まったわけじゃありません。

 

 

明日医師に相談しましょう、ね」

 

 

マリアさまの手を取り説得するも、彼女は首を横に振るばかり。

 

 

「いやよ、怖い……もしできてたら………と考えると…」

 

 

もしできていたら――――

 

 

 

 

 

マリアさまの御子が

 

 

この未来(さき)の王になるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

ドキリ

 

 

とした。

 

 

 

このタイミングで―――……

 

 

 

 

しかも相手は秋矢さんだ。

 

 

「とりあえず、検査だけでもしてみましょう。大丈夫、不安だったら俺もついていきますから」

 

 

マリアさまの手をぎゅっと握って彼女を見上げると

 

 

「本当……?コウがついててくれるのなら……」

 

 

マリアさまは目をまばたき、次いで俺の肩に手を回すとぎゅっと抱き付いてきた。

 

 

「コウがついてきてくれるのなら安心できるわ―――」

 

 

俺はマリアさまの華奢な体を抱きしめ返した。

 

 

今、まさに彼女の中に新しく命が宿っていると思うと

 

 

その手に力を入れることは

 

 

 

 

 

 

できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

P.383


 

――――

 

 

――

 

 

次の日、俺は約束通りマリアさまと二人で宮殿の別邸に位置するお抱えの医師の元を訪ねた。

 

 

かくかくしかじか……相手が誰であるかは触れずに、彼女は診察室に入って行った。

 

 

それから二十分、廊下で待たされて、やがて出てきたのは医師一人だけだった。

 

 

「あの……マリアさまは……」

 

 

ドキンドキン、と心臓が早鐘を打ち握った手に汗が浮かぶのが分かった。

 

 

 

 

 

 

「おめでとうございます。ご懐妊でございます」

 

 

 

 

 

 

六十ぐらいの初老の医師はそれはそれは嬉しそうに頬を緩ませ、丸メガネを持ち上げた。

 

 

「お相手は……ミスター来栖…あなた様で…?」

 

 

とちょっと探るように聞かれたが、

 

 

「まさか!そんな恐れ多い!!!」俺は慌てて全否定。

 

 

「俺、付き添いに来ただけですから」

 

 

「さようですか。では今後のことも話し合いたいので、どうぞ中へお入りください」

 

 

促されて俺はおずおずと診察室の中に入ると、小さな簡易ベッドに横たわったマリアさまが小さなモノクロ写真を手にじっと見つめていた。

 

 

昨日泣き腫らした目が赤くて痛々しかったが、もう涙の欠片も残っていない。

 

 

それどころか元来の少し気が強そうでお元気なお姿だった。

 

 

それでも慎重になって

 

 

「マリアさま……」

 

 

と声を掛けると

 

 

「見て♪コウ」

 

 

マリアさまは横たわったまま俺にモノクロ写真を見せてきた。

 

 

それはドラマや映画でしか目にしたことがない―――胎内のエコー写真だった。

 

 

扇形の黒い背景の中心に、ちょこんと豆粒ぐらいのなにかが居て

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この写真を見て決めました。

 

 

 

 

 

わたくし

 

 

 

 

 

 

 

 

 

産むわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

P.384


 

 

母は強し、って言う言葉があるけれど本当にそうだな。

 

 

今まで目に見えない何かに怯える“少女”だったマリアさまが確実に胎内で命を育む“子供”の存在を知ったとたん、急に大人びて見えた。

 

 

女の人ってのは不思議だ……

 

 

「でも…本気なんですか…

 

 

その…産むって…」

 

 

マリアさまのお部屋に彼女を送り届けて、俺はちょっと不安そうに彼女を見下ろした。

 

 

「ええ。産むわ。だって愛する人の子供ですのよ。

 

 

たとえその人がわたくしのことを見てくれないとしても、いいんですの」

 

 

マリアさまはいっそ清々しいとも呼べる表情を浮かべて、俺をまっすぐに見据え返してくる。

 

 

「あの…差し出がましいようですが…

 

 

オータムナルさまにはご相談された方がよろしいかと」

 

 

おずおずと言うと、マリアさまは可憐な吐息を吐いて顎に手を当てた。

 

 

「お兄様……あのカタブツがこのこと知ったら何と仰るかしら」

 

 

「カタブツ??あのオータムナルさまが??」

 

 

「そうよ。自分は好き放題しているくせに、わたくしがボーイフレンドを作るのもいい顔しないの」

 

 

それって……

 

 

 

 

 

「愛されてるってことじゃないですか…?」

 

 

 

 

 

俺はマリアさまの頭を撫でると、そっと首を引き寄せて額同士をこつん…

 

 

「大丈夫。

 

 

俺も一緒に行って説得しますよ」

 

 

「ホントに!?コウが一緒なら心強いわ。

 

 

 

 

 

 

 

わたくしのガーディアンエンジェル」

 

 

 

 

 

 

 

 

P.385


 

 

ガーディアンエンジェルって……何だか気恥ずかしいな。

 

 

そんなガラじゃないのに…

 

 

照れくさくて頭の後ろを掻いているときだった。

 

 

「ミスター来栖!マリアさまはいらっしゃいますか!」

 

 

秋矢さんの声だ。

 

 

俺とマリアさまは顔を合わせた。

 

 

今度は何??

 

 

秋矢さんが緊迫してるときって―――大抵何かがあるときだ。

 

 

それもとてつもなく大きくて不幸なことが―――

 

 

俺たちは秋矢さんによって大広間に通された。

 

 

すでにオータムナルさまと沙夜さんもいらっしゃって、

 

 

「何があったと言うのだ、トオル。私たちを集めてどうすると言うのだ」

 

 

とせっかちに…少し不機嫌そうにオータムナルさまが眉を顰める。

 

 

こちらも大した説明もなく連れてこられたのだろう。その顏に不機嫌を浮かべている。

 

 

 

「それは私が説明しますよ」

 

 

聞き慣れない声に振り返ると、そこには見事な口髭を蓄えた西洋の顔立ちをした白人男性が立っていて、その横には褐色の肌に白いトーブのカーティア人も居る。

 

 

「失礼、私はロシア領事館のValerie(ヴァレリー)と申します」

 

 

ヴァレリーさんは日本語がとても上手だった。ここに居る半数が日本人だから、日本語が喋られる外交官が出向いたのだろうけど――

 

 

「私は市警察長のAlain(アラン)です。皇子、お初にお目にかかります」

 

 

アランさんは両手を合わせて、床にひざまづいた。

 

 

 

P.386


 

 

二人とも見た感じ40overで、その立場からか上品な佇まいだった。

 

 

少しも威圧的な何かを感じることはない。

 

 

でも

 

 

 

 

 

 

ロシア領事館――――それに警察も―――

 

 

 

 

 

『ロシア』と言う単語に嫌な何かが胸の中に芽生えた。

 

 

「ロシア領事館と警察がカーティア国の王宮に何の用だ」

 

 

オータムナルさまが少し警戒するように顎を引き、マリアさまを自分の背の後ろへと隠した。

 

 

「ミスター来栖はこちらへ」と俺は俺で秋矢さんに腕を引かれる。

 

 

「あ……あの…一体何事ですか?」

 

 

「……私にも事情が良く呑み込めてないのですよ」と秋矢さんが渋面を浮かべながらこそっと説明をくれて

 

 

「あなたは―――」

 

 

ロシア人のヴァレリーさんが俺の方を見て不思議そうに首を傾けた。

 

 

「こちらはミスター来栖です。皇子のお話相手のため、日本から呼び寄せました」

 

 

わけが分からずおどおどする俺の代わりに秋矢さんが説明してくれて、ヴァレリーさんとアランさんは顔を見合わせた。

 

 

 

P.387


 

 

その後パスポートなんかの確認で、俺が不審人物ではないことが判明し、ようやく本題にこぎ着けた。

 

 

「実は町を流れる運河のほとりで女性の遺体が見つかりまして」

 

 

アランさんが淡々と説明をくれ

 

 

遺体――――!!!!?

 

 

俺たちは全員が全員同じタイミングで顏を合わせた。

 

 

「持ち物はなく遺体の身元が判明するまで時間が掛かってしまいましたが

 

 

どうやら死亡したのは

 

 

この国を転々としているジプシーで、占いで生計を立てている

 

 

 

 

 

ソフィア・ヤヴリンスキー」

 

 

 

 

 

 

え――――……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うそ

 

 

 

 

 

 

 

    そ        ろ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今度は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ソフィアさんが

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

死んだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

P.388


 

 

「ホントに!!本当にソフィアさんなんですか!!だって持ち物がなかったって言ったじゃないですか!」

 

 

俺がヴァレリーさんに食い掛かると、

 

 

「ほぉ、あなたはソフィア・ヤヴリンスキーをご存じで?」

 

 

と鋭い灰色の目が俺を捉えた。

 

 

「紅!」

 

 

オータムナルさまが前に出てきたが、俺はそれを手で制して

 

 

「知ってますよ!だって俺彼女に占ってもらったことがあるんですから。

 

 

それより何でソフィアさんは亡くなったんですか。あんなに元気だったのに!」

 

 

俺が食って掛かると、ヴァレリーさんはちょっと驚いたように目を開き、すぐに両手を軽く挙げてスーツの内ポケットから何かを取り出した。

 

 

その何か、は写真で

 

 

「遺体は死後一週間から十日程度経っていて、もちろん病気などの自然死や足を滑らせての事故死じゃないですよ。首の骨を折られた上でさらに心臓を一突きされている。

 

 

死因は明らかに外傷によるものです」

 

 

首の骨、心臓を一突き―――

 

 

「貴重品などを身に着けていなかったため、強盗か通り魔に襲われたのだ、と

 

 

最初は考えていたのですが…」

 

 

妙な含みを持たせてヴァレリーさんは眉を八の字に下げた。

 

 

彼の説明を受けて写真を受け取ると、運河の脇に仰向けに浮かぶ女性の姿が写っていた。

 

 

その写真を皆で覗き込み、

 

 

「Oh my god!」

 

 

マリアさまは小さく悲鳴を挙げて飛びのいた。

 

 

美しい青色の中、水に横たわるように浮かんでいたのは―――

 

 

まるで水草のように水面に広がる黒いカールした髪、白い肌と紫色の唇はすでに生気を感じられなく、黒い瞳はかっと開いていて、さらには首が変な角度で曲がっていた。

 

 

折られた―――と言うのは一見して分かる。

 

 

でもそれは

 

 

 

 

 

紛れもないソフィアさんの姿だった。

 

 

 

 

 

 

P.389


 

 

変わり果てた彼女の写真を握る手が震えてきた。

 

 

「何と……」

 

 

オータムナルさまでさえ、その様子に口を噤み、沙夜さんは倒れそうになって秋矢さんが慌てて支えている、と言う状態だ。

 

 

唯一冷静だったのは秋矢さんで―――

 

 

俺から写真を奪うと、ヴァレリーさんに突き返した。

 

 

「こんなものを見せていただきたくない。か弱いladyたちも居らっしゃると言うのに」

 

 

「それは失礼。けれど見せないとこちらの“先生”は納得しないだろうですからね」

 

 

ヴァレリーさんは写真を仕舞いながら俺のことを皮肉った。

 

 

「ミスター来栖?と申されましたかな……少しお話を伺いたい」

 

 

え………?

 

 

「それって…俺が疑われてるってことですか!」

 

 

自分を指さして口をあんぐりと開けていると、耐え切れないと言う感じでオータムナルさまがすっと一歩出た。

 

 

「その女なら私も知っている。紅だけではない。私と紅がこの女に会ったのは感謝祭の日だ。

 

 

確かにその日に会っている」

 

 

「オータムナルさま……」

 

 

俺が彼の腕に縋ると

 

 

「ほぉ」

 

 

またぞろヴァレリーさんの目の色が変わった。代わりにアランさんは俯いて顔色を青くしている。

 

 

「実は彼女の心臓に突き刺さっていたダガー(短剣)に皇族の紋章が入っていたのですよ」

 

 

え――――………

 

 

「さらには、彼女の手の中にピアスが一つ。これに見覚えは?」

 

 

ヴァレリーさんは透明の小さなビニール袋に入れられた『ピアス』を掲げて俺たち全員を見渡した。

 

 

「あ!」

 

 

最初に声を発したのは俺だった。

 

 

それは―――

 

 

金座にターコイズとサファイヤをあしらったキラキラした長いピアス。

 

 

 

 

 

感謝祭の夜、オータムナルさまが耳にぶら下げていたピアスに

 

 

 

他ならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

P.390


 

 

「どういうことだ…何故私のピアスをその女が持っていたのだ」

 

 

オータムナルさまは訳が分からないと言った感じで額に手をやり

 

 

「それはこちらがお聞きしたいですね」とヴァレリーさんはそれをまたもポケットに仕舞い入れる。

 

 

何かを確信したような冷たい笑みを浮かべていて、俺は額を押さえた。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってください!オータムナルさまを疑ってるんですか!」

 

 

 

 

   故   ロシア領事館が

 

 

 

     何  

        彼女は  さ れ た

 

 

 

 

あるまじき問題だ

 

 

 

      際問題―――

 

 

 

      違  

 

 

 

 オータムナル さま  じゃ な い

 

 

 

 

    は  め  ら  れ  た

 

 

 

 

俺の頭の中でバラバラの文字が浮かんでは消える。その気持ちの悪い症状に眩暈を覚えた。

 

 

何か言い返そうにも、バラバラに浮かぶ文字を繋げて言い返せる何かが思い浮かばなかった。

 

 

けれど

 

 

「彼はカーティア皇族のお一人、オータムナル皇子であらせられます。

 

 

皇子を疑うのであれば、それ相応の証拠を揃えていただきたい。

 

 

お話なら彼の世話役の私を通してください。

 

 

ただし、必要な手続きをとってもらいますよ。

 

 

でないと、国際問題に発展いたします。あなた方にとっても我々にとってもそれは良くない事態に発展する」

 

 

秋矢さんが淡々と言い

 

 

 

 

「Свяжитесь с нами подобрать(お引き取り願おう)」

 

 

 

 

 

最後は仰々しく扉を手で指し示し、ロシア語で締めくくった。

 

 

 

 

 

 

P.391


 

「「かぁっこいい!!」」

 

 

場違いにも俺とマリアさまは手を取り合ってぴょんぴょん。

 

 

認めたくはないが……だって本当にかっこよかったんだもん。

 

 

 

思わぬ秋矢さんの反撃で、ヴァレリーさんもそれ以上は言えなかったのだろう。

 

 

小さく舌打ちしてくるり、と背を向けた。

 

 

代わりにアランさんの方はほっとしたように胸を撫で下ろし顏を上げると、秋矢さんにぺこりと一礼。そしてオータムナルさまには来たときと同じように両手を合わせて深く一礼し

 

 

ヴァレリーさんのあとを追った。

 

 

けれどヴァレリーさんはふと振り返り

 

 

「そうそう…遺体の指には不思議なものが付着していましてね」

 

 

「不思議なもの?」

 

 

俺が聞くと

 

 

「パラベンですよ」

 

 

ヴァレリーさんはここに来て、さっきの余裕顏から一点難しい顔つきで一同を見渡した。

 

 

「パラベンって?」

 

 

マリアさまが聞いてきて

 

 

「防腐剤の一種ですよ。正式名称はパラオキシン安息香酸エステル類。

 

 

主に化粧品なんかの殺菌防腐剤として用いられています」

 

 

俺が説明を加えると

 

 

「ほぉ、よくご存じですね、ミスター……来栖」

 

 

とヴァレリーさんは疑わしそうな視線を今度は俺に向け、だけどすぐに今度はマリアさまと沙夜さんを眺める。

 

 

「そ、そんなの偶然じゃないですか!相手が男だったらヘアワックスにだって入ってるだろうし」

 

 

「ほぉ、それは興味深い節ですね。早速検討してみます」

 

 

俺……図星↓↓

 

 

ヴァレリーさんとアランさんはそれ以上何かを言うわけでもなく、大人しく帰っていった。

 

 

俺は

 

 

 

恐らく彼女が贈ってきたであろう

 

 

 

 

あの不気味なフランス人形のことを

 

 

 

 

 

 

 

 

 

喋ることはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも一つだけ分かったことがある。

 

 

一週間から十日ぐらい前にソフィアさんが亡くなっているのなら―――やはりあの鏡のメッセージSYは

 

 

ソフィアさんじゃなかった――――

 

 

 

 

 

 

 

 

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