Autumnal

太陽と月


 

「ごめんください」

 

 

再びテントを捲ると

 

 

「いらっしゃい。待ってたわ」とソフィアさんが来たときと変わらぬ笑顔でにっこり。

 

 

「あ、あの俺……」

 

 

何から切り出そうか迷ってると、

 

 

「元恋人の行方を知りたいのでしょう?」

 

 

え……?

 

 

「ごめんなさい、これは占いじゃなくあなたたちの会話が聞こえてきたの」

 

 

え!?

 

 

「あんな大声で痴話喧嘩されるとねー」

 

 

ソフィアさんは苦笑。

 

 

「痴話っっ!!違います!!えっと、いえ違わないですぅ……

 

 

この際だからはっきり言います。俺あの人のことが

 

 

 

 

 

好きなんです。

 

 

 

前に進むためにも、彼女の行方がどうなのか知りたい」

 

 

何だか何でも見透かされていそうなソフィアさんの前で嘘とかはつけない気がした。

 

 

ソフィアさんは少しだけ憂いの含んだ目を伏せて、

 

 

男が男を好き、と言うことに特別何かを想ったり言ったりはせず

 

 

「いいわ、占ってあげる」と言って再びクリスタルを手に取った。

 

 

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「手を」

 

 

言われた通り右手を差し出すと、ソフィアさんは手相を見るように目を細めて俺の手のひらをまじまじ。

 

 

しばしの沈黙が流れ、

 

 

「あの……?」

 

 

不安になって俺が問いかけると、

 

 

「いい手をしているわ。とても強運の持ち主。正義感が強く、一途で真面目。

 

 

その一方とても頑固で意見を譲らないこともある。

 

 

流れに身を任せているようで、そうじゃない。

 

 

とても意思が強いのね。

 

 

世界で一番高い硬度を持つダイヤのように」

 

 

ソフィアさんはにっこり笑って、キラキラ光る一つの石を取り出した。

 

 

「それ…ダイヤ……なんですか?」

 

 

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。ただ―――あなたが‟大事にしている”石と同じものよ」

 

 

ソフィアさんは意味深に笑い、俺は目を開いた。

 

 

「大切な人と交換した?あなたはそうね自分のリング……銀製のリングを彼女にあげた。

 

 

一文字、イニシャルを彫って。そのイニシャルは―――」

 

 

言いかけたところを俺は遮った。

 

 

「当たってます。全て―――」

 

 

そう、ステイシーと指輪を交換したことも、俺のあげた指輪がシルバー製でその裏にイニシャルを彫ってあることも、全て当たっている。

 

 

「そう?」

 

 

ソフィアさんはまたもきれいに笑って、俺の手を丁寧に撫でそっと離した。その手でクリスタルを握りなおすと、先ほどと同様、水鉢の中にそれを落とし入れた。

 

 

キラキラと輝くダイヤの欠片は、鉢の底にゆっくりと堕ち、もとからあったであろう淡い黄色をした石の上に落ちた。

 

 

さっきと同じように落ちた石の行方と、波紋を眺めるソフィアさん。

 

 

ごくり

 

 

喉を鳴らして彼女の言葉を待っていると

 

 

ソフィアさんは目を開いたまま、

 

 

固まった。

 

 

 

 

 

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その一種異様な表情に―――俺は不安になった。

 

 

「ど…どうしたんですか……あの、ステイ……じゃなくて元恋人は……」

 

 

恐る恐る聞くと、ソフィアさんは申し訳なさそうに眉を寄せこちらを見てゆっくりと頭を横に振った。

 

 

その行動が、俺に最悪の結末を告げたのだ、と思って目の前が一瞬にして暗くなった気がしたが

 

 

「ごめんなさい。元彼女の行方は……私にも分からない」

 

 

想像してない言葉に、今度は俺の方が戸惑った。

 

 

「え……分からないって…?」

 

 

「こんなことはじめてだわ。占う対象がまったく見えないの」

 

 

まったく見えない―――……

 

 

「それは亡くなっている―――から…とか?」

 

 

ドキンドキンと心臓が早鐘を打つ。ことさらゆっくり深呼吸しながら問うと

 

 

「さあ、それも分からない」

 

 

と、一言。

 

 

分からない…?がっかりしたのとほっとしたのと半分半分だった。複雑な気持ちだ。

 

 

知りたいけれど、知りたくない。

 

 

今の俺にはまだその準備と覚悟ができていないと言うことだろう。

 

 

時期じゃないんだ、と自分に言い聞かせる。

 

 

ソフィアさんを責めることなどできない。

 

 

「ありがとうござい……」

 

 

お礼を述べて席を立ち上がろうとすると

 

 

「けれどそれ以上にあなたから実に興味深い強いエネルギーを感じるわ」

 

 

ソフィアさんは鉢の底をまだ睨み据えている。

 

 

灰色の瞳は、感情を無くしていて、ただ機械的に口が動いていた。

 

 

「強いエネルギー…?」

 

 

「ええ、

 

 

 

 

 

 

闇が来るわ。

 

 

空は闇に包まれ、暗雲が垂れ込める。あなたのこれからの運勢よ。

 

 

良くないことが起こる前兆だわ」

 

 

 

ソフィアさんは至極真面目な顔でクリスタルの行方を見つめ、額に手を置いた。

 

 

良くないこと――――?

 

 

再び喉を鳴らしてソフィアさんの次の言葉を待っていると

 

 

 

 

「でも心配しないで。必ず救いとなる者が現れる。

 

 

 

蹄の音が聞こえる――――あれは……馬……

 

 

闇に包まれた黒い騎士―――

 

 

 

 

太陽と月が重なるとき奇跡は起こる”」

 

 

 

月と太陽が重なるとき―――…

 

 

 

 

奇跡は起こる――――――?

 

 

 

 

 

 

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ソフィアさんの言っている意味の数ミリも理解できなくて、俺は目をぱちぱち。

 

 

意味が分からない。

 

 

俺に理解力が無いのだろうか。

 

 

言葉の真意を確かめたくて、ソフィアさんを見つめること数分。

 

 

ソフィアさんも真剣な瞳で俺を見据え返してきて、

 

 

どれぐらいそうやってソフィアさんと対峙していただろうか。

 

 

やがて馬の小さな鳴き声が聞こえて、

 

 

「アレクサンドラ?大人しい雌馬なのに、どうしたのかしら…」

 

 

とソフィアさんはこの緊張状態から糸が切れたようにふっと視線を緩め、不思議そうに腰を上げた。

 

 

「あ、あの……」

 

 

「ちょっと待ってて。様子を見てくるわ」

 

 

ソフィアさんはそれだけ言ってテントを出て行ってしまった。

 

 

あとに残された俺は―――

 

 

ソフィアさんに言われた言葉を反芻しながら、そわそわと所在なげに当たりをきょろきょろ。

 

 

意味を解説してほしい。早く戻ってこないかな……

 

 

なんて思っていると、突如強烈な頭痛に襲われた。

 

 

「っーーー!!」

 

 

額を押さえ、ぎゅっと目を閉じるとこめかみに脂汗が流れた。

 

 

何――――……

 

 

目を開けると、ゆっくりと視界が反転していく。

 

 

平行感覚を失って、椅子からずり落ちると投げ出した腕の先がぼんやりと視界に写った。

 

 

指の先が細かく痙攣している。

 

 

意識を手放そうとしている―――と言うことが分かったが、自分にはどうすることもできない。

 

 

「…誰――――か………」

 

 

最後の気力を振り絞り、何とか誰かを呼んだときだった。

 

 

バサッ

 

 

テントを開ける音が聞こえてきて、俺は閉じかけた瞳を強引にこじ開けた。

 

 

黒い影が俺の元まで伸びている。

 

 

ソフィアさん……良かった……戻ってきて―――くれたんですね。

 

 

そう思ったが、黒い影はソフィアさんではなく

 

 

 

 

スーツを着た男が俺を覗き込んでいた。

 

 

 

 

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誰――――……

 

 

照明を落としたテント内でその顔ははっきりと認識できない。

 

 

かろうじてその人物がスーツを着た男だと言うことだった。

 

 

でも……どこかで見た顔――――

 

 

どこでだったか分からないけれど………

 

 

虚ろな目でその‟誰か”を見上げると

 

 

その男は俺の顎を持ち上げ

 

 

「Well,he is retain consciousness.(へぇ、まだ意識があるとはね)」

 

 

と呟いた。

 

 

アメリカ英語ではなくイギリス訛のある発音。英国人か……

 

 

遠のきそうになる意識の中、必死に誰だか探りを入れる。

 

 

今意識を失ってはだめだ。

 

 

そう思ったのは、俺の本能的な部分で危険信号を感知したから。これがソフィアさんの言う‟救いの手”だとは思えなかった。

 

 

何故なら

 

 

顔も見えないのに、その突き刺さるような視線は――――

 

 

 

カイルさまのそれとよく似ていたから。

 

 

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「Hey,Don't mow him.He's stool pigeon.(おい、そいつに手を出すなよ?大事な囮だからな)」

 

 

するとその男の背後からまた一人別の声が聞こえた。

 

 

「I know.(分かってるって)」

 

 

俺の顎を掴んでいた男はぞんざいに応え、

 

 

さらに違う男の声が聞こえた。そいつは口笛を吹き

 

 

「He's considerable good shit.If he's sold, it'll be considerable money.A lecherous old man bids.(かなりの上物じゃないか。売り飛ばしたらかなりの金になる。スケベじじぃがこぞって入札するに違いない)」

 

 

「Don't be daft.Make money trading.He sey leave he alone.(バカ言うな。これは取引道具だ。手を出すなと言われている)」

 

 

「Make sure nobody finds out.(でもちょっとだけならバレやしないぜ)」

 

 

もう誰が誰だか分からなかったが、一人の男が俺の髪を掴んで強引に頭を持ち上げる。

 

 

「Even we're doing dirty work.Good things only happen to him.(こっちだって汚れ仕事をやってるんだ。金以上に美味しい思いしたっていいだろ?)」

 

 

男がネクタイを緩めた。

 

 

 

 

 

 

「Gang-rape.(輪姦そうぜ)」

 

 

 

 

 

その言葉を聞いたとき、俺の顔から血の気が引いていった。

 

 

 

 

 

P.274


 

 

「No!Hands off!Don't touch me!( やめろ!俺に触るな!)」

 

 

俺は最後の力を振り絞って彼らの手から逃れるよう身をよじった。

 

 

男たちはそろって顔を見合わせる。

 

 

「Lure Autumnal out into the open.You have no hostilities,I will knock your head off.A painful one, only the beginning. It'll become good immediately surely.(オータムナルをおびき出すためだ。あんたにゃ恨みがないが、ちょっとだけ痛い思いをしてもうらうぜ?大丈夫、痛いのは最初の内ですぐに良くなるから)」

 

 

男たちは下品な笑い声を漏らして俺のトーブの裾に手を差し入れる。

 

 

トーブの下は生成りのズボンを履いているとは言え、直に足首に触れられて、俺の背中に鳥肌が浮かんだ。

 

 

言葉の端々、単語を拾うとどうやら彼らは俺を囮にしてオータムナルさまをおびき寄せるつもりだ。

 

 

どうみても友好的とは言えない手段。彼らは一体何が目的なのだろうか。

 

 

オータムナルさまに恨みを持つ者だとしたら―――ここに彼を呼び寄せるわけにはいかない。

 

 

 

たとえ

 

 

俺がどんな目に遭っても―――

 

 

 

 

 

 

 

「お…お前らの目的はオータムナルさまか。じゃぁ残念だな。

 

 

お…オータムナルさまなら来ない!」

 

 

俺は叫んだ。

 

 

彼らはまたぞろ顔を合わせて

 

 

「オータムナル来ないっテ?」

 

 

と今度はかたことの日本語で聞いてきた。

 

 

英語が通じないと思ったのだろうか。まぁ半分当たってるが。

 

 

「ああ、そうだ。オータムナルさまは来ない。俺なんかのために戻ってきやしない!」

 

 

そうさ

 

 

俺はオータムナルさまに愛想をつかされたんだから―――

 

 

 

彼は来ない。

 

 

 

―――来ないでほしい。

 

 

 

彼が傷つけられるのなら、いっそのこと俺が傷ついた方が

 

 

 

 

 

 

ましだ。

 

 

 

 

 

「戯言抜カスナ!」

 

 

ぐいっ

 

 

髪を一層強く引かれて俺は悲鳴を挙げた。

 

 

 

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俺の悲鳴は狭いテント内に響き渡った。遠くで祭りの賑やかな歌声や音楽が聞こえる。

 

 

誰か……

 

 

誰でも良い。オータムナルさま以外の誰かが俺の悲鳴を聞きつけてここに来てくれれば!

 

 

しかし俺の願いは虚しく、バカみたいに祭りの騒ぎが大きくなっていく。

 

 

必死に何か武器になるものがないか薄れゆく意識の中辺りを見渡したが、武器になるものは何もない。

 

 

かろうじて、オータムナルさまが俺に取ってくれた白いへびが転がっているだけだ。

 

 

それでも無いよりはましだ。俺はそろりとそれに手を伸ばした。

 

 

男たちは俺の悲鳴を聞いて愉しそうに口元を曲げる。

 

 

「面白イ。ヤッチマオウ」

 

 

「だが途中で意識が無くなったらツマラナイな」

 

 

男たちが愉しそうに囁くのを聞いて俺は手にした白へびを思いっきり振り回し、一番近くに居た男めがけて振り下ろした。

 

 

 

 

「ざけんじゃねぇ!!」

 

 

「Ow!(痛て!)」男が顔を押さえ、がくりと腰を折った。

 

 

「What was that for?!(こいつ!!何しやがる!)」

 

 

「Because you were cute, I saw rather much, but I won't control any more!(ちょっと可愛いからと多めに見てやったものの、もう手加減はしない!)」

 

 

男の手がズボンの中に侵入してきた。

 

 

ぎゅっと目を閉じて嫌悪感をやり過ごそうとしたが―――

 

 

そのときだった。

 

 

 

 

 

 

 

「紅――――――!!!」

 

 

 

 

 

 

 

来てほしくない、と願っていたけれど

 

 

ホントは

 

 

助け出して欲しかった人の声が聞こえて

 

 

 

俺の目から涙が一粒こぼれた。

 

 

 

 

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オータムナルさまは男たちに組み敷かれている俺を目にして、目を開いた。

 

 

「貴様ら!!!何をしている!!私の紅に」

 

 

オータムナルさまが走ってきて、これまたどこにそんな力があるのか俊敏な動きで俺の上に乗っていた男の頬を殴り飛ばした。

 

 

男が吹き飛ぶ。

 

 

「オータムナル…さま……何故……何故戻ってきたんですか…」

 

 

切れ切れに言うと

 

 

「お前のことが心配になったのだ。戻ってきて良かった」

 

 

オータムナルさまが俺を助け起こそうとしてくれたときだった。彼の背後で椅子の脚を持ってまさに今それを振りあげようとした男に

 

 

「オータムナルさま!!後ろっ!」

 

 

俺が大声を挙げて、オータムナルさまは振り返ったが、避けきれなかったようで右肘に椅子の脚が派手にぶつかり音を立てて脚が壊れる音がした。

 

 

 

パラパラと木くずの落ちる音がして、彼の白いトーブの肘の部分に赤い血がにじみ出た。

 

 

「オータムナルさま!」

 

 

「案ずるな。これぐらいどうってことない!」

 

 

オータムナルさまは怒鳴り声を挙げて、俺を……俺なんかを守るようぎゅっと俺を抱きしめる。

 

 

「お前は私の大切な側室だ。何が何でも守る」

 

 

オータムナルさま……

 

 

「Shit!(くそっ!)」

 

 

男がもう一振り椅子を掲げた瞬間―――

 

 

もうだめだと目を閉じた瞬間

 

 

 

 

 

近くで

 

 

 

馬の鳴き声が聞こえた。

 

 

と同時だった。

 

 

 

バサッ!!!

 

 

 

布製のテントを破る音が聞こえ、そろりと目を開けると

 

 

横真一文字に切り裂かれたテントの隙間から

 

 

 

黒い大きな馬に乗った―――女の人が現れた。

 

 

 

 

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