Autumnal

ヤキモチ大作戦!?


 

―――――

 

――

 

 

好きな人と距離を置こうと言われ、好きじゃない男の人の手の中でイって―――

 

 

俺ってサイテー…

 

 

次の日の朝……

 

 

昨日の余韻か、それとも罪悪感なのか腰にどんよりと重みを感じながら目が覚めた。

 

 

朝、だと言うことはぼんやりと分かった。

 

 

朝は好きだったのに―――今ほど…明けない夜が来てほしいと願ったことはない。

 

 

俺の中は悲しみと自己嫌悪に満たされて、食欲なんてこれっぽっちもなかった。

 

 

強いて言うならば

 

 

「……酒が飲みたい…」

 

 

酔って昨日のこと全部忘れられたら……と、半分現実逃避しかかっているときだった。

 

 

「おっはよ~!!コウ♬」

 

 

ドスン

 

 

マリアさまの明るいお声が聞こえたと思ったら、俺の寝ているベッドにそのままダイブ。

 

 

「ぐぇ!」

 

 

俺は轢かれたカエルのようにみっともない声を挙げてマリアさまの下から目を上げると、すぐ近くにマリアさまのにこにこ笑顔が。

 

 

朝から美少女の笑顔は眩し過ぎるぜ。

 

 

「マリア様……いけませんわ。コウさんは寝起きでいらっしゃるのに……」

 

 

と沙夜さんの声も。

 

 

何で二人が……?

 

 

「だってぇいつもおじいちゃんみたいに早いコウが一番遅いなんて、心配になってしまいますわ」

 

 

おじいちゃんって……心配……してくれてるのか??

 

 

いや、これ…苛めじゃね??

 

 

と若干疑いつつも

 

 

「ねぇ~コウ、起きて。朝よ」

 

 

とマリアさまの甘い声と花のような香りに包まれ、マリアさまは俺をぎゅっ。

 

 

マリアさま……俺をぬいぐるみか何かと勘違いしていらっしゃるご様子。

 

 

まぁいいけどぉ。

 

 

どうやら二人は俺を起こしに来たようだ。

 

 

諦めて布団から顔を出すと

 

 

「朝食行きましょ☆」とにこにこ顔のマリアさま。

 

 

マリアさまはやっぱりオータムナルさまと血が繋がっておられるだけあってちょっとした表情とかやっぱり似ていて―――

 

 

ズキリ

 

 

またも俺の心臓が壊れそうな音を立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『私は愛が何たるかを知らない。

 

 

私に群がるのは欲にまみれた薄汚い人間どもだ。誰も信用できない』

 

 

 

 

 

 

オータムナルさまがそんな風におっしゃる根っこは―――、

 

 

 

一体どこにあるのだろう。

 

 

 

 

 

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「顔色がすぐれなくてよ?コウ」

 

 

広間に向かう最中、何故かマリアさまはべったりと俺の腕に腕を絡ませて心配そうに見上げてくる。

 

 

マリアさま……

 

 

こんなに可愛い女の子に腕を組まれたら男なら一発knockoutだろうが、

 

 

今度は何を考えてる??

 

 

と、俺はビクビク。

 

 

マリアさまのことは大好きだけど、いまいち彼女のペースがつかめないでいる俺。

 

 

一方の沙夜さんはじゃれついてくるマリアさまと反対で今日はいつもにも増して大人しい。

 

 

「沙夜さん……どうされました?

 

 

お加減でも悪いのですか」

 

 

「い……いえ!大丈夫ですわ」

 

 

沙夜さんは慌てて手を振る。

 

 

「コウも察してさしあげないと。沙夜姫は今日レディースデーなのですわ」

 

 

レディース……

 

 

ああ、生理か…

 

 

って!!

 

 

ぅわぁ!!

 

 

「す、すみませっ!!俺、気ぃ利かなくて」

 

 

慌てて謝ると

 

 

「そんな!!めっそうもございません」と沙夜さんも慌てて顔を真っ赤にさせ俯く。

 

 

「ウブねぇ、沙夜姫もコウも」

 

 

と一人マリアさまだけがまるで自分だけお姉さんなのよ、と言いたげに流し目で笑う。

 

 

てかそんなこと俺にバラすなよ、マリアさまも!!(プライバシーの侵害だろ)

 

 

でも月のものが来るって言うのは女の子の証であって―――、そうゆうの煩わしいだろうけど、今ほど俺……女になりたいと願ったことはない。

 

 

女だったら―――オータムナルさまに恋しててもおかしくないし、女なら秋矢さんだってあんなことしてこない筈―――

 

 

そんなことをぼんやり考えている最中だった。

 

 

 

 

 

 

「おや?みなさんお揃いで。何やら楽しそうですね」

 

 

 

 

 

 

 

広間の前で今、まさに扉を開けようとしていた秋矢さんにばったり出くわした。

 

 

 

 

P.297


 

 

ドキ!!!!

 

 

俺の心臓が強く波打ってまるで口から飛び出るような勢い。慌てて口元を押さえ、昨夜のことを思い出すと顔から火が出そうなぐらい熱くなる。

 

 

何て顔すりゃいいんだよ。

 

 

熱くなった顔を俯かせていると

 

 

「おはようございます。マリア様、沙夜姫様、ミスター来栖」

 

 

と、秋矢さんはいつも通り。

 

 

くっそ、朝から爽やかな顔しやがって~~~……

 

 

昨日の甘い雰囲気をしまい込み、秋矢さんは通常運転。昨日、告白まがいなことをしてきてそのあと………あ、朝から言える内容じゃないけれど……その……俺の処理をしていって

 

 

飄々と立ち去ったこの人が何だか恨みがましくて俺は顔を背けながらも

 

 

俺だってちゃんとできるもん!と言った具合で

 

 

「お…!おはようございます!!」

 

 

ちゃんと挨拶したつもりが……

 

 

ぅわぁ!!声裏がえちゃったし!

 

 

益々顔が赤くなるのが分かって再び俯くと

 

 

くすっ

 

 

秋矢さんは喉の奥で低く笑った。

 

 

俺の胸の内を何でも見透かされているようで、恥ずかしいのやら腹立たしいのやら。

 

 

「マリア様、ミスター来栖はお疲れのご様子です。腕を離してさしあげてください」

 

 

“お疲れ”のところをわざと強調した物言いに、俺が思わずムっとなって秋矢さんを睨み上げると

 

 

「あら、コウはわたくしと居て疲れる、と言いたいの?トオル。

 

 

そんなことはなくてよね~」

 

 

同意を求められ、俺は激しく頭を縦に振った。

 

 

「ご機嫌ななめでいらっしゃるのですか?マリア様」

 

 

秋矢さんがちょっと困ったように苦笑い。

 

 

「別に~。昨夜はわたくしのお部屋に来て本を読んでくださる約束だったのに

 

 

どちらへお出ましだったのかしら」

 

 

マリアさまの棘だらけの言葉に秋矢さんは苦笑を浮かべて、ちらりと俺を目配せ。

 

 

その意味深な視線に―――

 

 

 

 

 

昨夜のことを思い出してまたも顔が熱くなる。

 

 

P.298


 

 

――――

 

 

――…

 

 

 

「い、いいんですか?マリアさまにあんな態度取っちゃって」

 

 

ちょっと心配になり朝食の最中に俺は秋矢さんに問いかけた。

 

 

ちなみに何故か俺の隣には秋矢さんが座っている。

 

 

オータムナルさまがいらっしゃらないことに、少しだけほっとしたものの

 

 

それでもやっぱりフられたとは言えお顔を見れないのは寂しいと言うか………

 

 

ほんのちょっとでもお姿を拝見したいと言うか……

 

 

見てるだけで幸せと言うか……

 

 

 

 

あぁ!!恋する乙女モード全開じゃん!俺っ!!

 

 

 

 

結局、オータムナルさまは俺たちが食事の終盤になってようやくお姿を見せて

 

 

一瞬だけ目が合ったものの、すぐに逸らされた―――

 

 

『待っていてくれ』

 

 

とは言われたけれど―――

 

 

そのいつかが来ないことを、何となく察知して絶望的な気分になった。

 

 

カラン……

 

 

俺の手からナイフとフォークが皿に落ち、渇いた音を立てて転がる。

 

 

「どうしました?もう終わりで?」

 

 

と隣に座った秋矢さんが俺の手元を覗き込み不思議そうに目をまばたく。

 

 

「……食欲ないんで……あの…俺……失礼します……」

 

 

泣きだしそうになるのを何とか堪えて席を立ちあがろうとすると、

 

 

 

ぐい

 

 

 

秋矢さんに手首を掴まれて引き戻された。

 

 

 

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「何なんですか!」

 

 

半ば八つ当たりだな。思わず声を荒げると

 

 

「食欲がなければオートミールなど作らせましょう。顔色が悪い、少しでも食べた方がよろしいですよ」

 

 

秋矢さんは自分の皿に乗ったサラダをフォークで掬い、俺の口元へ運んでいく。

 

 

「いえっ!!結構ですっ」

 

 

思わず顔を背けると、今度は紅茶を飲んでいたオータムナルさまと目が合ってしまい

 

 

ふいと俺から視線を逸らすオータムナルさま。

 

 

 

 

 

 

オータムナルさま……

 

 

 

 

 

 

ズキリ……

 

 

 

 

心臓が壊れた音を立てた。

 

 

その音はかみ合わない歯車のように不快で、まるで針に刺されているように痛くて

 

 

そこからリンゴのように赤い血が流れて俺の足元に転々と落ちる錯覚を抱いたが

 

 

俺の足元には血どころか、埃一つない。

 

 

幻覚……かぁ。

 

 

俺、オータムナルさまを好き過ぎて幻覚まで見えるようになっちゃったよ―――

 

 

 

 

 

P.300


 

 

勉強会が無くなって、俺の仕事と言えばほぼゼロに等しかった。

 

 

――――

 

 

「それで、私の手伝いを?」

 

 

午前中、秋矢さんのお部屋を訪ねてお手伝いを申し出た。

 

 

「簡単な書類整理とかでいいんです。何にもしてないのに給料貰うのは心苦しくって……」

 

 

椅子に座った秋矢さんは黙って俺の話を聞きながら腕と脚を組む。

 

 

お前に何が出来るんだ?と思われているに違いない。

 

 

「あ!なんなら秋矢さんのお部屋のお掃除とか……」

 

 

俺の声はどんどん小さくなっていった。顎を引いて上目づかいで聞くと、秋矢さんは大きなため息。

 

 

「ミスター来栖、そうゆう表情はやめた方がいいですよ?少なくとも私以外の前では―――」

 

 

だけど返ってきた言葉は予想外のもので

 

 

「え?」

 

 

目をまばたいていると

 

 

「いいえ、すみません。私の我儘でした。さっきの話は捨て置いてください」

 

 

「はぁ…」

 

 

「簡単な書類整理など、お願いしてもよろしいですか?」

 

 

秋矢さんは組んでいた腕と脚をゆっくりと解き、柔らかい笑顔を浮かべた。

 

 

「は、はい!!頑張ります」

 

 

P.301


 

 

―――――

 

――

 

 

「このチェックが入っている書類には印鑑を、この付箋がしてあるものに関しましてはこちらに除けていただいて、のちほど皇子が確認されます」

 

 

オータムナルさまの執務室でざっと説明を受けること十分。

 

 

オータムナルさまは午前中ご公務とかで宮殿内にはいらっしゃらない。って秋矢さんから聞いた。そのことにちょっとほっとした。

 

 

会いたいけど、また視線を逸らされたら―――苦しくて消えてしまいたくなる。

 

 

色々なことを考えたくなくて、俺は秋矢さんの説明を真剣に聞き入った。

 

 

「こことこの印は―――」

 

 

椅子に座った俺の背後から腕を伸ばし、俺を包み込むように屈んだ秋矢さんが俺の手元にある書類を指さし。

 

 

いつも以上に近づいた距離に―――昨夜のことを思い出してしまった。

 

 

急に顔が熱くなる。

 

 

「どうしました?お顔が赤いようですが」

 

 

秋矢さんはデスクに手をつき、にやりと意味深に笑って俺を覗き込んでくる。

 

 

「ど、どうもしてません!」

 

 

慌てて顔を逸らそうとしたときだった。

 

 

 

 

 

「トオル、居るのか?今日の公務についてだが」

 

 

 

 

 

聞き慣れたオータムナルさまのお声に、俺の肩はびくりと小さく震えた。

 

 

だって今日は公務とかでいらっしゃらない筈―――秋矢さんがそう言って―――……

 

 

思わず顔を上げると、秋矢さんの薄い唇がにやりとつり上がった気がした。

 

 

あ、秋矢さんーーー!!俺を騙したな!

 

 

思わぬ登場に何て顔をすればいいのか分からず一人わたわたしていると

 

 

「紅?何故お前がここに居る」

 

 

オータムナルさまは不機嫌そうに眉根を寄せて低く呟く。

 

 

「あの……俺……」な、何か言わなきゃ。

 

 

慌てて腰を上げると

 

 

 

 

 

「お前は私にだけではなく、トオルにも“懐いて”いるのか。

 

 

お前は一途に元恋人を想いつづけていると思いきや

 

 

 

とんだ

 

 

 

 

 

Bitchだな」

 

 

 

 

 

 

ビッチ―――――………

 

 

 

 

 

オータムナルさまはそれだけ言うとくるりと踵を返して、執務室を出て行ってしまった。

 

 

 

 

 

 

P.302


 

 

そんな……

 

 

俺が秋矢さんに色目を使ってるとか言いたいのかよ……

 

 

自分だってたくさん側室が居るくせに、俺には自分を見ててほしいとか。

 

 

そんなの我儘だよ。

 

 

そんなことを思いながら、それでも目に熱い何かがこみ上げてきて、喉を息が逆流してくるような独特な感覚が這い登ってきて

 

 

それをやり過ごそうとして目元をぐいと拭ったときだった。

 

 

ふわり

 

 

秋矢さんが俺の目元を腕で覆い、そっと俺の肩を包み込んだ。

 

 

へ――――……

 

 

「泣きたいときには泣けばいい、とあなたは仰いました。その言葉あなたにお返ししますよ。

 

 

恥ずかしいのであれば、見ないようにします。

 

 

こうしたら誰もあなたが泣いていることに気づかない」

 

 

秋矢さん――――……

 

 

こんなことで泣く自分がみっともないけど、でも

 

 

この悲しみを止められないんだ。

 

 

秋矢さんの腕はスーツの袖越しでも温かく、俺は夢中になって秋矢さんの袖に縋り

 

 

「……ぅー…」堪え切れず嗚咽を漏らした。

 

 

―――――

 

 

――

 

 

涙が渇いた頃、俺は洟を啜りながら秋矢さんを見上げた。

 

 

秋矢さんは俺が泣き止むまでずっとその態勢で待っててくれて、そっと腕を下ろすと

 

 

「吊そうになった」とぼやいてた。

 

 

「てか!そもそも秋矢さんがオータムナルさまはいらっしゃらない、とか嘘つくからこんなことになったんじゃないですか!」

 

 

涙が引っ込んで、すっかりいつものペースを持ち直すと俺は秋矢さんを睨み上げた。

 

 

「ミスター来栖も皇子もまだまだ子供ですね。

 

 

これは作戦です」

 

 

 

またもあっさりさっぱり言われて、俺は目が点。

 

 

 

 

 

 

作戦――――……

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ですから、私とあなたが親しくしているのを見せつけて皇子にヤキモチ妬かせばいいんですよ」

 

 

なるほど…!

 

 

「……じゃないよ!!ホントに嫌われちゃったらどうしてくれるんですか!」

 

 

思わず喚くと

 

 

「だったら私の元へ来ればいい」と秋矢さんはまたもぶっ飛んだ発言。

 

 

「あのー……昨日の………」

 

 

「ああ、あなたはとても可愛かったですよ」

 

 

秋矢さんは意味深に微笑むと視線を俺の股間に向けてくる。

 

 

バっ!!

 

 

思わず両手でその場所を覆って顔を真っ赤にさせていると

 

 

「あの!本気なんですか!!秋矢さんは俺のこと」

 

 

 

 

 

 

 

「大好きですよ?」

 

 

 

 

 

 

秋矢さんはいつもの意味深な笑みではなく、少しだけ悲しそうな表情を浮かべた。

 

 

「あなたとイチャイチャして皇子にヤキモチ妬かせたら、彼はまたあなたのところに戻ってくるでしょう。

 

 

長い付き合いなので皇子の性格を知り尽くしています。間違いないです。でも疑似とは言え―――まるで恋人のようなやりとりが……ほんのひとときだと思っても私には心地よいものなんですよ」

 

 

え―――……

 

 

「それじゃ沙夜さんは……どうなるんですか……」

 

 

思わず聞くと

 

 

「何故ここで沙夜姫様のお名前が?」

 

 

と秋矢さんはちょっと心外そうに眉をひそめた。

 

 

またしらばっくれる気かよ。

 

 

やっぱ秋矢さんの言うこと全てが嘘っぽく聞こえるよ。

 

 

そんなことを考えてむっつりと顔をしかめていると

 

 

「ああ」

 

 

秋矢さんは何か納得したのか一人頷き、

 

 

「彼女とは確かに“大人な関係”ですが―――それ以上でもそれ以下でもない。

 

 

友人の一人」

 

 

大人な関係の友人!?

 

 

「それってセッ……!」

 

 

言いかけて俺はまたも慌てて口を噤んだ。

 

 

くすくす

 

 

秋矢さんは喉の奥で笑い

 

 

「はっきり仰ってくださって構いませんよ。セックスフレンドだと」

 

 

 

 

 

 

 

沙夜さんと秋矢さんが――――……嘘!!!!?

 

 

 

 

 

 

P.304


 

 

 

とは言うものの、沙夜さんは秋矢さんにマジ惚れしてそうだし……

 

 

お慕いしている殿方ってのも秋矢さんのことだろうし。

 

 

そんなことを考えながら書類の印鑑押しで、半日が過ぎもう半日は暇をもらった。

 

 

秋矢さんも自分の仕事があると言って部屋に籠っちゃったし、またも俺一人。

 

 

廊下の突き当り、半円形の窓から何となく外を眺めていると

 

 

中庭をオータムナルさまと沙夜さんが仲良くお散歩中だった。

 

 

え――――……?

 

 

「あら、珍しい組み合わせですこと」

 

 

すぐ隣にいつの間にいらしたのかマリアさまが窓枠に頬杖をついて、お二人の様子を気のない素振りで眺めている。

 

 

「お兄様はいっつもそう。わたくしのお気に入りを奪っていくのよ。

 

 

トオルでしょ、コウでしょ、沙夜姫まで」

 

 

マリアさまは小さく吐息をつき指を折っている。

 

 

「話し相手が居なくて暇ですわ…」

 

 

「あの……前から思ってたのですが。マリアさまと沙夜さんて仲が良いですよね」

 

 

「そう?普通じゃないかしら。でもわたくしは沙夜姫のことが大好きですわ。

 

 

だって沙夜姫はわたくしのこと

 

 

 

 

 

愛してくれるから」

 

 

 

 

愛―――……それはその…変な意味じゃなくて…??

 

 

「わたくしを妹のように接してくれるからですわ。姉妹の愛は無償の愛ではなくて?」

 

 

そう言われて「ああ」俺は頷いた。

 

 

何だか変な想像していた俺が恥ずかしく思う。

 

 

何せ皇子が男を側室にできるぐらいの変な国だからな。

 

 

「お姉様が居たらきっと沙夜姫のようにお優しくて、可愛らしいお人なんですわ」

 

 

ふぅ

 

 

マリアさまは小さく吐息を吐くと

 

 

「お姉様が欲しかったのに―――

 

 

でも、今は沙夜姫が居るから楽しいわ」

 

 

小さく笑った。

 

 

お姉さま――――かぁ………

 

 

「マリアさま……あの…」

 

 

言いかけたときだった。

 

 

庭を散歩中のオータムナルさまとばっちり目が合ってしまった。

 

 

 

 

P.305


 

オータムナルさまは俺と目が合うと、ふいとその視線を逸らし、さりげなく沙夜さんの肩を抱く。

 

 

な…!

 

 

何なんだよ!!

 

 

お二人は見せかけの夫婦じゃないんかよ!

 

 

あんな!!これ見よがしに見せつけやがって!!

 

 

ふつふつと俺の中で怒りがこみあげてきた。

 

 

ぷい

 

 

俺は顔を逸らし、マリアさまに向き合った。

 

 

「話し相手が居なければ俺がお相手しますよ!」

 

 

やけっぱちだった。

 

 

「あらそぅお?♪」

 

 

―――――

 

 

――

 

 

マリアさまのお話相手は大変だった。

 

 

途中、マリアさまはお人形ごっこがしたいと言い出し、おままごとのようなものを想像していたが、

 

 

なんと医療ドラマの手術ごっこで、『今、わたくし日本の医療ドラマにハマってますの』

 

 

と。取り出したのはフランス人形で、その服を丁寧に剥くとマリアさまはメスに見立てたナイフを取り出し……

 

 

キラリ

 

 

そのナイフの切っ先が妖しく光った。人形に飽きたら俺が切り刻まれるかもしれない恐怖を抱いた俺は

 

 

「そんな物騒なもの危ないです!女の子ならもっと他のことしましょう、ね?」

 

 

と言い聞かせるのに大変だった。

 

 

と、言うわけでマリアさまのお相手はオータムナルさまのお相手より大変でへとへとになりながら自室に向かうと

 

 

クローゼットが何故か半開きになっていて、ぎぃぎぃと気味悪い音を立てて揺れていた。

 

 

良く見たら窓が半分開いていて、そこから侵入した風で扉が揺れているのだ。

 

 

扉の一面には鏡がはめ込まれている。

 

 

「あれ…俺閉まった筈だけど…」

 

 

訝しく思いながら近づくと、その鏡の側面に赤い文字が書かれていることに気づいた。

 

 

何だ……

 

 

見ようによっちゃ血液のようにも捉えられる。

 

 

ドキリ、と心臓が波打って俺はその文字にそっと指を滑らせた。

 

 

鼻を近づけて匂いを嗅ぐと、それは生臭い血液なんかじゃなく女性が使う口紅のそれだった。

 

 

鏡にはこう書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『I had a really good time last night.S Y』

(昨夜は楽しかったわ)

 

 

『You owe me one.

 

 

S Y』

(あなたに一つ貸しよ? S Y)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

P.306


 

 

俺は慌てて振り返った。

 

 

けれど、当然ながらこれを書いた犯人に会えるわけでもなく。

 

 

気持ちを切り替えて、慌てて今度はベッドの下―――スプリングと木枠の間に挟んだ地図を取り出し慌てて開くと

 

 

俺が書いた地図の中央に、こちらも同じ色の口紅の走り書きで

 

 

 『How's the weather in LA now?』

(LAの気候はどう?)

 

 

 

 

綴られていて、大胆にも最後にキスマークが押してある。

 

 

ぐしゃっ

 

 

思わず地図を強く握りしめると乾いた音が部屋の中に広がった。

 

 

 

 

 

 

「どうして――――……

 

 

 

一体誰が――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

見覚えのある赤色はクリスチャンディオールの№999

 

 

 

 

 

 

 

ステイシーが愛用していた口紅だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

P.307


 

Last night て書いてあるから、昨日会った人には違いないが―――

 

 

S Y

 

 

ってイニシャルが謎だ。

 

 

俺は唇を噛んで自分が知っている限りの人間S Yとイニシャルを考えた。

 

 

知っている人物で昨日会った人―――

 

 

S Y

 

 

S Y……

 

 

 

 

 

Sofia Yavlinsky(ソフィア・ヤヴリンスキー)

 

 

 

 

俺は目を開いた。

 

 

あの占い師―――彼女は恐ろしいほど色々知っていた。

 

 

それにあの赤い唇―――リンゴの色を思わせたが、あれはもしかしたら№999かもしれない。

 

 

いや、ソフィアさんが俺に薬を盛った張本人にまず間違いない。

 

 

その後、助けてくれたのは―――レディブラックスワン―――謎の女だ。

 

 

彼女がS Yなる人物なのか。そう言えば彼女も赤い口紅を引いていた。

 

 

……分からない。一体誰なんだ!

 

 

そんなことを考えながら、二日が経った。

 

 

あれこれ考え事をしながらの作業で上の空だったからいけなかったんだ。

 

 

その日俺は秋矢さんに執務室に呼び出されてこっぴどく叱られた。

 

 

「この書類に間違えて押印してありましたよ。どうしてくれるんですか」

 

 

バサっ

 

 

目の前に書類を投げ出されて俺は目をまばたくしかなかった。その上部にはオータムナルさまが後で確認する、と言う目印の付箋が張られていて

 

 

しまった!!

 

 

と思ったがもう遅い。

 

 

執務室には秋矢さんの他に、執務机で手を組んだオータムナルさまがいらっしゃって。

 

 

それだけで緊張なのに、さらにオータムナルさまの前で叱られていると思うと俺は顔も上げられなかった。

 

 

「こんな簡単なこともできないんですか、あなたは」

 

 

秋矢さんは失望したと言いたげに額に手をやり、

 

 

「……すみません」俺は平謝りしかできなかった。

 

 

説教は十分ほど続いた。

 

 

秋矢さんて俺のこと好きとか言ってなかったっけ?それなのにまるで容赦がない。

 

 

公私混同はしないタイプだな。それはいいことだけど―――ちょっと怖いし。

 

 

まぁ俺が悪いから仕方ないんだけどね。

 

 

 

 

 

俺はただ唇を噛んでその場をやり過ごすしかなかったが、

 

 

 

 

 

 

「もうその辺で良いだろう。

 

 

 

紅も反省している、お前は叱りすぎだ」

 

 

 

 

 

 

何と…

 

 

 

オータムナルさまが助け船を出してくれた。

 

 

 

 

P.308


 

「…ですが」

 

 

秋矢さんは尚も何か言いたげだったけれど

 

 

「私が良いと言ったら良いのだ。

 

 

紅、お前は印鑑押しなんてしなくていい。お前は―――

 

 

 

 

私の傍でただ笑ってくれるだけでいい」

 

 

 

 

 

オータムナルさまがゆっくり立ち上がり、俺の元へ歩いてくる。

 

 

久しぶりに縮めた距離に―――ドキリ…と心臓が鳴った。

 

 

たったの二日間なのに、その香りは酷く懐かしいものだと感じた。

 

 

はぁ

 

 

秋矢さんが盛大なため息をつき腕を組んだ。

 

 

「皇子、あなたはミスター来栖に甘すぎます」

 

 

「お前は厳し過ぎだ。もっと優しくなれないのか」

 

 

「私は十分優しく教えているつもりですよ」

 

 

今度はオータムナルさまと秋矢さんの喧嘩になりそうだったから俺は途中で二人の間に割って入った。

 

 

「あ、あの!すみません俺が悪かったんです!」

 

 

俺が慌てて言うと、秋矢さんが冷たく俺を一瞥し

 

 

「私も言い過ぎました、少し外の風に当たって反省してきます」

 

 

と、くるり踵を返した。

 

 

「待っ…!秋矢さんっっ!」

 

 

完全に秋矢さんを怒らせちゃった!

 

 

俺は慌てて彼の後を追うと、扉が閉まる間際秋矢さんは小さく俺にウィンク。

 

 

え――――……?

 

 

「ね?言ったでしょう。あなたのところに戻ってくる、と。三日と持たなかったですね」

 

 

ははっ

 

 

秋矢さんは渇いた声で笑い、

 

 

ぇえ!!もしかしてオータムナルさまの前で俺を叱ったのも、まさか作戦!?

 

 

あなどれないぜ!秋矢さんっ

 

 

 

P.309


 

 

けれど

 

 

急に二人きりになって、俺はどうしたらいいのか戸惑った。

 

 

オータムナルさまは立ったまま気まずそうにして顔を逸らし、俺も俺で同じように顔を背けた。

 

 

喧嘩してる間柄じゃないのに……何故か視線を合わせられない。

 

 

どうしようもなくキマヅイ。

 

 

こうゆうの“避ける”って言うんだろうな。

 

 

同じ空間に居るってのに、一向に交わらない視線に少しだけイラついた。

 

 

オータムナルさまに、ではなく俺自身に。

 

 

好きな人が手を伸ばせば届く範囲に居るのに、俺はまともに視線すら合わせられない。

 

 

また拒絶されたら―――と臆病風が吹く。

 

 

だから

 

 

「紅」

 

 

名前を呼ばれたとき―――俺は無条件で振り返った。

 

 

視線を合わせることに何か理由が欲しかったのかもしれない。

 

 

呼ばれることで―――理由ができた……なんて、やっぱり俺……こんな小さなことに一々ドキドキしてホント臆病者だ。

 

 

振り向いた先にオータムナルさまのまっすぐな視線とぶつかって…

 

 

ああ、ようやく

 

 

ようやく

 

 

 

 

 

交わった。

 

 

 

 

 

何だかとても切なくて、安心できて、幸せで―――

 

 

 

 

目を合わせるだけにこんなにも重要な意味合いがあるってこと

 

 

今まで知らなかった。

 

 

 

 

 

 

P.310


 

 

「紅」

 

 

またも名を呼ばれて、オータムナルさまの唇が俺の名前を呼ぶために動くその様をじっと見つめて

 

 

な、何か言わなきゃ……

 

 

オータムナルさまはキッカケを作ってくれた。だからこの先を俺が続けなきゃ。

 

 

「オータムナルさま……あの…俺、別に秋矢さんに色目使ってるとか…」

 

 

出てきた言葉は言い訳のようにも捉えられるものだった。

 

 

違う…こんなことが言いたかったわけじゃない。

 

 

もっと、もっと…自分の気持ちをストレートに伝えなきゃ、オータムナルさまには伝わらない。

 

 

「オータムナルさま……俺……会いたか……」

 

 

 

 

 

「会いたかった―――」

 

 

 

 

 

俺の言葉にオータムナルさまの言葉が重なった。

 

 

オータムナルさま……

 

 

「知っての通り、私は気が短い。だが自分がここまで短気だとは思わなかった―――

 

 

お前がトオルと楽しそうにしているのを見て、どうしようもなく苛立った」

 

 

俺が彼の元へゆっくりと歩いていくときだった。

 

 

 

 

 

 

バタン!!

 

 

 

 

 

執務室の扉をこれまた勢いよく開ける音が聞こえて、俺たちは揃ってそちらに顔を向けると

 

 

「お兄様!!またわたくしのペットを勝手に放し飼いなさったわね!!」

 

 

まるで鬼の形相のごとくマリアさまが顔色を変えて登場し、

 

 

俺たちのロマンチックな再会シーンはもろくも崩れた。

 

 

 

P.311


 

 

「お、落ち着いてください、マリアさま!ペットと言うのは…」

 

 

恐る恐る聞くと

 

 

「あら、コウ。いらしてたのね。ごきげんよう」

 

 

マリアさまは最初に会ったときと同じ恰好で裾を両手で軽く持ち上げると、半歩下がって頭を下げた。

 

 

その仕草は完璧なレディを思わせたのに

 

 

「snakeよ」

 

 

飼ってる動物レディじゃねぇーーー!!

 

 

てか、やっぱり??

 

 

てかまたかよ!

 

 

「逃がしたのは私ではない」

 

 

オータムナルさまはさも心外だ、と言わんばかりに腕を組むと眉間に皺を寄せた。

 

 

「じゃぁ誰ですの!?こんなことをするのはお兄様だけじゃなくって!」

 

 

マリアさまははなっからオータムナルさまが犯人であると決めて掛かっている。

 

 

「落ち着いてください、マリアさま。逃げた蛇の特徴は…」

 

 

「コウ!レイラを探してくれるの!?」

 

 

エリーにレイラ……って…蛇のくせして随分可愛い名前だよな。

 

 

「レイラは黒と赤のマダラ模様ですわ。大人しいエリーと違って少し気性が荒い子なんですの」

 

 

大人しい…ねぇ。蛇に大人しいも大人しくもないよ。

 

 

てかさらに気性が荒いと来たら、益々怖い。

 

 

俺、安請け合いしちゃって大丈夫かなぁ。

 

 

 

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