奇妙な晩餐会
どっと疲労を浮かべて夕食を迎えることになった。
夕食が用意されていると言う広間に向かう最中、秋矢さんが俺の襟元を正してくれた。
「襟が乱れておいでです」
「あ、す…すみません!」
そうだよな…王族が揃う場だし(…たぶん)
ちゃんとしなきゃな。
慌てて自分で直そうとするも秋矢さんはそれを丁寧に拒み、
俺のワイシャツのボタンを一番上まできっちり留めてくれた。
怖い人かと思ったけどやっぱ優しいなー…
そう思っていると、秋矢さんは俺の耳元でそっと囁いた。
「皇子のお戯れの証拠が首に残っていました。
愛人契約をしたと堂々と歩き回られても困りますので」
くすぐるような低い声に首の後ろが変な風に粟立つ。
そっと指先で首筋を撫でられ、今度は‟変な風に”じゃなくはっきりとぞくりと何かを感じて俺は秋矢さんを見上げた。
お戯れの証拠……
「って何??」
慌てて襟元を確認しようにも自分じゃできなし。
秋矢さんはちょっときょとんとしたように目をまばたかせ、
「あなたは相当なバカか、それとも相当ずる賢いか、この場合どちらか?」
頭痛がするかのように額を押さえ、秋矢さんは小さくため息。
バカか、ずる賢い??
それってどっちも良くないじゃん!
ちょっとムっと顔をしかめていると
「失礼。
相当純粋か、相当頭がキレるか
どちらかだろうね」
秋矢さんはちょっと興味がもったように目を細め、口元に淡い笑みを浮かべた。
純粋…も頭がキレるもどっちも俺に不適切な言葉だと思うけど、さっきよりは悪い気がしない。
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秋矢さんは俺の首筋にそっと指を這わせると
「あなたの首筋に魅惑的な花が咲いてますよ。
その美しさで人を惑わし、狂わせ、やがて破滅へ導く“死の華”
皇子からのキスマークだ」
き、キスマーク…!?
そこではじめて意味が分かり、俺は慌てて襟元を正した。
あんのアホエロ皇子!!
なんてことをしてくれたんだ。
思わず顔が熱くなるのを感じて、俺は秋矢さんから顔を背けた。
秋矢さんは俺の鼻先に指で指し
「気をつけてください。あなたは無防備過ぎる」
ちょっと真剣に睨まれて、俺は慌てて頷いた。
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食欲なんてまるで無かったけど、でも食べないと体力持たないし…
食事をする広間に集まったのは、俺とオータムナル皇子さま、そしてマリア皇女さま
それから秋矢さんと、数人のお手伝いさんたち。
それからもう一人…白人男性が一人。
「ご紹介いたします。あちらはオータムナル皇子の従兄弟に当たるカイル様。
王の姉君で英国に嫁がれた皇女さまのご子息であられます」
カイルさまは…皇子や皇女さまと違い肌は白く、髪も茶色だ。
年齢は秋矢さんと同じぐらいかな。
って言っても俺も秋矢さんのはっきりした年齢知らないんだけど。
てかカイルさまもこれまた結構なイケメンで、どこを見ても眩しいのは俺だけ??
広間にテーブルはなく、代わりにこれまた値が張りそうな豪華なゴブラン織りの絨毯が敷き詰めてある。
上座には薄いカーテンが掛かっていて、その端は飾り紐でくくってあり、天蓋付のベッドのようになっている。
大小様々なクッションが置いてあり、皇子はその元へ歩くと慣れた様子でその場に腰を下ろした。
そのすぐ側に秋矢さんが腰を下ろし、
代わりに皇女さまが俺の手をとって
「コウはこっち。わたくしの隣よ♪」と
俺を座らせる。向かい側にはカイル様。どうやら俺は皇女さまに気に入られたようだ。
「サヤ姫がまだお見えになっていないようだが」
カイル様が入り口の方を気にしながら胡坐を掻く。
カイル様も日本語が堪能なようで。
ここが日本を離れた遠い異国だと言う事を忘れてしまいそうだ。
「サヤ姫さまと言うのは……?」
俺がマリア様にこそっと聞くと
「お兄様のご正室よ。
日本の元華族のお嬢様、わたくしたちは“サヤ姫”と呼んでるの」
正室―――……
ああ……さっきもちらりと聞いた。
愛がない、とか何とか。
ちらりとオータムナル皇子を見ると、彼は気にした様子もなく銀製のワイングラスにワインを注いでもらっていた。
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通常ならその“サヤ姫”と言う人が座るであろう場所に秋矢さんが座っていて、皇子のお世話をしている。
それを誰も不思議に思う素振りは見せず
「姫がまだですけど、はじめちゃいましょう」
マリア様が秋矢さんと同様、俺のワイングラスにワインを注いでくれる。
皇女さまから酌をされてる!
てか俺もっとしかりしなければ。
俺は慌ててマリア様からワインが入ったピッチャーを取り、彼女のグラスに注ぎいれた。
そのときだった。
「お待たせいたしました」
まるでヒバリのような軽やかな声が聞こえて、声のしたほうを振り返ると
長い黒髪をまっすぐに下ろし、赤い色を基調とした和服姿の……まるで日本人形のような少女が現れて
俺は思わず目をまばたいた。
「遅い」
オータムナル皇子は不機嫌そうに呟き、サヤ姫さま…と思われる女の子は居心地悪そうに顔を俯かせながら部屋へと入ってくる。
彼女は皇子さまの隣に座るかと思いきや、一番離れた場所に腰を降ろし正座をした。
「サヤ姫様、お夕食の時間は守っていただくように」
秋矢さんも咎めるように言って、サヤ姫さまはまたも俯いた。
見るからに大人しそうな気の弱そうなお嬢さんなのに、オータムナル皇子と秋矢さんに睨まれて居心地が悪そうだ。
何だか可哀想になってきて、俺は彼女の様子を気にしながらも食事を進めた。
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夕食は魚介類が中心でパンやスープの種類もたくさんあった。
床に直接ずらりと並べられた豪華な食事。
オータムナル様へワインを注いだり、新しい品の采配をしたりしているのはもっぱら秋矢さんで、正室のサヤ姫さまは静かに黙って食事を進めている。
「あの……サヤ姫さまっていつもあんなに静かなのですか?
ご夫婦なら並んで座ればいいのに」
アルコールも入っていくらか気が緩んだ俺はすぐ隣のマリアさまにこそっと聞いてみた。
「ああ…コウはまだここに来て間もないから知らないんだね」
銀製のワイングラスを片手に、俺の向かい側に座っていたカイルさまが意味深に笑いながらこちらに歩いてきた。
「お兄様とサヤ姫は政略結婚。いわば表面上の夫婦なのですわ」
「ああ、だから秋矢さんが皇子さまのお世話を?」
俺が聞くと、マリアさまとカイルさまは顔を見合わせて目をぱちぱち。
「あらやだ♪コウにはなぁんにも言ってないのね、お兄様も、トオルも」
マリアさまはちょっと悪戯ぽく…意味深に微笑み、
「有名な話だよ、皇子とミスター秋矢の仲は」
「……仲…?」
意味が分からず目をまばたいていると
「トオルはお兄様の側室の一人、ってことですわ」
え!!!!
秋矢さんが皇子の側室!!?
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「王族は何人もの側室を娶ることができることご存知でしょう?」
マリアさまに聞かれて俺はぶんぶん首をタテに振った。
で、でも!男を側室になんて!!!
大体秋矢さんだって言ったじゃないか。より優秀な血を残すための側室制度だって!
男が側室になっても意味がないじゃん!
「トオルはお兄様のお気に入り。片時も離さないんだから。トオルを独り占めしてズルいわ」
いやいや、てかツッこむところ他にありますよね!
「そう言えば…」
マリアさまが思い出したように手を打ち、兄君である皇子さまを見た。
「ワトソン博士も側室の一人でしたわよね、お兄様。
コウのように異国から訪れていらっしゃった方。覚えておいでです?」
皇子さまは自分に問いかけられたと言うのに、覚えがないのか首をひねり、代わりに秋矢さんの視線が一瞬だけ険しくなった。
ワトソン博士―――……?
…って誰??
「地学博士ですよ。水と大地に恵まれたこの土地を研究しにきた博士です。出身は英国でしたかな…
私も名前しか聞いたことがない」
カイルさまが教えてくれて、
「かなりの美形で、その人も側室の一人として迎え入れようとしていたんですけどね
突然行方をくらましたんですの」
突然行方を―――…??
「失踪ってことですか…?」
分かる!!俺だって突然の側室契約に逃げ出したいと思ったもん!
俺は心の中でそのワトソン博士って人に激しく同意。
「さぁ…真相はどうか知らないけれど、
でもその行方をくらました数ヶ月後に、宮殿内の人間がワトソン博士のGhostを見たって言いだして…
ちょっとした騒ぎになったんですの」
ゴースト!?ってことはもう亡くなってる可能性大!!?
「ゴーストなんて…恐ろしいですわ」
ほぅ、とマリアさまは可憐な…いやいや不安そうな吐息をつく。
「だ、大丈夫です!俺が守ってさしあげます!ゴーストからもゾンビからも!!!」
なんて大口たたいちゃったけど、
俺だって幽霊は怖い。
「マリア、余計なことは言うな」
オータムナルさまがグラスを床に乱暴に置いて、俺は一瞬びくりとして彼を見た。
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消えたワトソン博士ってのも、そのゴーストの話も気になるけれど、俺はもっぱら皇子さまと秋矢さんの動向の方がもっと気になる。
皇子と秋矢さんが…!!
気になる…けど、そうと知ったら俺は直視できず、あたふたと視線を泳がせた。
ライ麦のパンに、何だかよく分からない冷製スープ、鮭の香草焼きには名前は分からないけど飾りつけにきれいな花が乗ってるし、見たこともないゼラチン状のテリーヌは絶品。
……だろうに、味が分からない。
間が持たなくて俺はやたらと食事の手を動かせた。
それを何と勘違いしたのか
「海に面しているこの国では魚介が豊富です」
秋矢さんが説明をくれ、
「でもお城の裏は途方もない砂漠が広がっているんですのよ。砂漠にお出かけになる際はわたくしかお兄様と一緒じゃないと
帰ってこれなくなるわよ」
マリア様が楽しそうに説明を付け加えてくれた。
「カーティア国の表と裏。おもしろいでしょう?
植民地から独立した際、我々の祖先は金と水晶で国を潤わせてきた。
その財源のおかげで表はさぞきれいな街が広がっているが、一歩裏に出ると手入れのされてない砂が無法地帯になっている。
海は目の前だが、わが国は純粋な水資源には恵まれなくてね、水は貴重なんですよ」
カイル様はアルコールが入っていくぶんか饒舌になって、いつの間にか俺のすぐ傍に座っていた。
「ですから日本のダム建設の技術は是非この国へ取り入れたいですね。
日本の水は世界中のどの水よりもきれいで飲みやすいですからね」
食事も終盤になってきてすっかりくつろぎモードの皇子さまの頭を膝に乗せ、秋矢さんは何かの文庫本をぺらぺらとめくりながら説明をくれた。
なるほど…だからサヤ姫さまとの結婚か…
それって政略結婚ってこと…?
そんなことに利用されてサヤ姫さまもオータムナル皇子も可哀想…とちらっと思ったけど。
「余計なことは話すな、トオル。早く次のページだ」
秋矢さんの膝枕の上で寝そべり、皇子は早くページをめくれとせっつく。
てか膝枕!!!
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公然といちゃいちゃされると目のやり場に困る。
てかいくら二人の仲が公認だからってサヤ姫さまのお立場だってあるだろうし。
俺は気になってサヤ姫さまの方を窺ったが、彼女は特に気にした様子も見せずに黙々と食事を摂っている。
「お気になさらず。彼らはいつもああなので」
とカイル様も気にした様子がない。
「トオルを独り占めしてズルいわ」
とマリア様はまたも言い、頬を膨らます。
ま…まぁ見目麗しい美形二人だから絵になるっちゃなるけど。
それともあれが皇子さまのスキンシップかなぁ。
俺の部屋にも入ってきて、勝手に寝顔を眺めていたし。
日本とワケが違うんだよ、きっと。
早く慣れなければ。と言う想いで俺はワインを口に入れた。
「ミスタークルス、私もコウとお呼びしても?」
すぐ隣でカイル様が聞いてきて、
「あ、はい!どーそ、どーぞ!!もぉ好きに呼んじゃってください」
王族の人たちに名前呼びされることなんてないしな。
まるでロイヤルファミリーの一員になったようでくすぐったい。
……くすぐったい。
と思って身をよじると、カイル様の細くてきれいな指が俺の頬のラインを撫でていた。
びっくりして目を開いていると
「Are you be fair of face.
cavity-causing sweetness.
(きれいな顔だね。食べてしまいたい)」
またも早口の英語を俺は理解することはできなかった。
え……?何て…
頬を撫でられたことよりもその言葉の意味に目をまばたいていると
コンっ
オータムナル皇子がワイングラスをトレイに置き、その音がやけに強く耳に響いた。
「Kyle(カイル)」
まるで射抜くような鋭い視線をカイルさまに向け、カイルさまは冗談っぽく両手を軽く挙げる。
益々何て言われたのか気になる。
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「Toru(トオル)」
皇子は秋矢さんを指で手招き、ひそひそと内緒話。
顔を寄せた二人が……怪しい…じゃなくて妖しい。
秋矢さんは皇子の言葉に真剣に頷きながら、会話が終わると立ち上がった。
「ミスター来栖。お食事はお済みですか?」
無表情にそう言われて俺は慌てて頷いた。
「まだのようでしたらお部屋に運ばせます。今日はどうぞ、お部屋にお戻りください」
いっそ跳ね除けるような冷たい表情で言われ、
俺は慌てて立ち上がった。
俺……何かやらかしたかな…
皇子さまや皇女さま、カイルさまの気に障るようなこと言ったかな。
自分の言動や行動を思い出しながらうな垂れて広間を出ようとするとサヤ姫さまとばっちり目が合ってしまった。
「どうかお気になさらず。あなたが悪いわけではございません」
そっとそう言われて、俺は思わず立ち止まった。
「ミスター来栖」
せっかちに秋矢さんに言われ、今度こそ俺は慌てて広間を出た。
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――――
…
「何か変だ……」
一人自室に帰って俺はベッドの上にごろり。
何が変?
って聞かれるとどう答えていいのか分からないけど、あの場に居た人たちの誰もが何かを隠している。
何を―――?
と聞かれても、またも答えられないが
でもそんな感じがした。
大体皇子も皇女も…さらには従兄弟であるカイル様もあの広間に顔を出したのに、当の王はどうしてこなかった…?
そして本来サヤ姫さまが居る場所には秋矢さんがずっと陣取ってたし。
いくら側室だからって…ねぇ??
秋矢さんは皇子に仕えてもう十年って言ってたしきっと信頼だってあるんだろうけど、
でも普通后が座る場所じゃない?
結局サヤ姫さまが喋ってるのは最初の登場のときと最後俺が立ち去るときのたった二言だったし。
カイル様は何だか意味深だし。
ま、誰しも秘密なんて隠し持ってるもんか―――
俺はボストンバッグの中に手を入れ、底の方へ隠した小箱を取り出した。
金色に輝く細めのリング。その台座にはダイヤモンドがあしらってある。
ダイヤの中は透かし彫りにしてあって、軽くかざすと葉で縁取った輪が浮かび上がる。
それをぎゅっと手の中に握り、俺は箱をボストンバッグに戻した。
「誰にでも言えない秘密はある。
そうだろ?
ステイシー」
そう、人には誰にも秘密があるのだ。
でもあの人たちはどこかもっと異質な―――そんな何かを抱えているように思えた。
「唯一まとも(?)なのはマリアさまだよな~、可愛いし優しいし、はぁ…癒される…」
マリア様…
言って俺ははっ!となった。
そうだった!
エリーを探さなきゃっ!!
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