Fahrenheit -華氏- Ⅱ

 

運命に惑わされ、陰謀に溺れて

 

 

■Heart sound(心音)■

 

 

 

 

 

 

 

*Heart sound*

 

 

 

A person I love

(大好きな人)

 

 

Important person

(大切な人)

 

Irreplaceable person

(かけがえのない人)

 

Just listen to that person's heartbeat

(その人の鼓動を聞くと)

 

 

By itself

(それだけで)

 

Feel relieved

(安心する)

 

 

Thank you for being alive

(生きててくれてありがとう)

 

 

Put your hands on my chest

(胸に手を当てて)

 

 

First

(まずは)

 

 

 

Please say to yourself

(自分に言ってあげて?)

 

 

 

 

 

 P.555


 

 

 

 

俺はマックスに似てたのか……だから瑠華に好きになってもらったってこと??

 

 

ずーん…と気落ちしてることも知らず

 

 

「でも、アイツ瑠華に一目惚れしたの。

 

 

良くあるじゃない?遊びと本気は違うって、あれじゃない??」

 

 

いや、俺は遊びでもかなりタイプではあるが、そこまで一緒!

 

 

ちょっと…ちょっと、ちょっとちょっと!!俺は自分の行動を思い起こす意味で胸に手を当てた。もしかして、もしかしなくても、精神的双子!?

 

 

思った以上にドキドキしてる……ケドそれは良い意味でのドキドキじゃなく悪い意味で…

 

 

「瑠華はまぁ、モテる方で。でもそれほど恋愛してたわけじゃなくてね、元カレは一人だけ居たけど…」

 

 

心音ちゃんの話に寄れば瑠華の元カレは高校時代のクラスメイトで、心音ちゃんも同じ高校だったが、本人曰く記憶が薄いから冴えない感じで、付き合いも大したロマンチックなものじゃなかったらしい。

 

 

初めて聞く瑠華の過去の恋……

 

 

マックス以前にもちゃんと……

 

 

 

 

 

―――恋

 

 

 

 

してたんだな…

 

 

その後、瑠華が大学に進学すると(元カレは違う大学)何となく疎遠になり、自然消滅したらしい。

 

 

そっか……まぁありがちだよな。俺もはじめて付き合ったのは中学生だったけど、そのときの彼女とは高校進学のときに何となく疎遠になっちまってそれきり……今はどこで何をしてるのかサッパリだ。

 

 

「Maxが瑠華に真剣になるなんて予想外だったわ。遊び相手にも選ばれないって言う自信はあったから」

 

 

「心音ちゃんとマックスとはどうゆう……関係だったの?」

 

 

俺がおずおずと聞いた。

 

 

 

 

 

「あたし?

 

 

あたしはMaxの兄貴のJoshuaと付き合ってたの。だから親しくしてただけ」

 

 

 

 

 

P.556


 

 

 

ジョシュア―――…

 

 

はじめて耳にする名前だ。マックスは次男だからつまり、兄貴であるジョシュアがヴァレンタインの次期総帥ってワケか。

 

 

「てか、過去形?」

 

 

笑っていいのか分からなかったが、何故だかそうするのが一番妥当だと思えた。

 

 

心音ちゃんはきっとそのジョシュアと言うオトコと別れたんだろう。

 

 

でも、ちっとも悲しそうじゃないし。

 

 

「そ。過去形。別れて……まだ数か月」

 

 

心音ちゃんは明るくキッパリと言いきった。

 

 

心音ちゃんにとってそのジョシュアとの別れは大した出来事ではなさそうだ。まるで拾った飼い犬が逃げ出した、けどまぁどこかで元気にやってるでしょ?的な感覚に思える。

 

 

心音ちゃんがワイングラスを傾け、一口ワインを喉に通して

 

 

「でもね、幾らあたしとMaxが未だに付き合いがあるとは言え、独りで参加するのは癪に触るワケ。

 

 

だってそのparty、Joshも参加するし、しかもアイツは富豪の娘と婚約したばかり。

 

 

悔しいからアクセサリーをね」

 

 

心音ちゃんはまたも悪戯っぽく笑って一台のノートPCを俺に見せてくれた。俺は閉じられたノートPCがほんのちょっと気になったが、その考えがすぐに吹き飛んだ。

 

 

心音ちゃんは「アクセサリー」だと言った。ネックレスやピアス、ブレスレットの類を探していると思って居たが見せられた画像は

 

 

 

 

何人かの男の写真だったからだ。

 

 

 

 

 

 

いや…

 

 

いやいやいや!

 

 

 

 

 

 

P.557



 

 

開いた口が塞がらない、と言うのはこうゆうときに使うものなんだな。

 

 

出会い系サイトか何かなんだろうか。画面いっぱいを埋め尽くす男たちの顏、顏、顏。

 

 

ある程度こちらの要望を伝えてあるのか、男たちの顏はどこか似通っていた。

 

 

心音ちゃんのタイプなのかな。白人で髪の色はダークブラウン~明るいブラウン。目の色はブルー系だった。

 

 

男たちの顔面レベルは割と…てか結構高い。

 

 

「色々悩んでるんだけど、イマイチピンとくるものがなくてね~」

 

 

と、心音ちゃんは小さく唸って画面を睨む。

 

 

瑠華は確かに心音ちゃんのこと「破天荒」だと言ったが、これはぶっ飛び過ぎだろ!

 

 

もう何も言い返せず、俺は魂の抜けかかった目で心音ちゃんのディスプレイを流し見するしかできん。

 

 

ちょうどグラスの中のワインが空になった。キリがいいしこれ以上俺は何も言えん。「ごちそうさま。もう寝るよ」と言って立ち上がろうとした。

 

 

「Hey.(ねぇ)」

 

 

ふいに心音ちゃんに声を掛けられて、俺は再びソファに座りなおした。

 

 

『この男なんてどう?』と言う意見を求められたら、適当に返事をしようと思っていたが

 

 

俺の予想に反して

 

 

「瑠華の過去、どこまで知ってるの?」と聞かれて

 

 

俺は目をまばたいた。

 

 

 

 

 

「全部」

 

 

 

 

 

 

間髪入れずに答えた。全部知っている自信があったし、今更知らないことが出てきても受け止める自信もある。

 

 

「All?Truly?(全部?本当に?)」

 

 

試すような物言いで聞かれて、俺はぎこちなくも頭を縦に振った。

 

 

「それでいて付き合おうと?」また聞かれて、俺はそれにも頷いた。

 

 

 

 

 

 

「瑠華は良い人に巡り合えたようね」

 

 

 

 

 

 

心音ちゃんはどこか満足そうに……見えたら良かったけれど、その眼はどこかしら羨ましさや、ほんのちょっとの焦燥感なんかが見えた気がする。

 

 

 

P.558


 

 

 

 

「俺からも質問していい?」

 

 

ふと、何故だかここになってちょっとした疑問。

 

 

「What?」心音ちゃんは興味深そうに、ソファの背に両肘を置くとわくわくと目を輝かせて俺を見上げている。

 

 

「心音ちゃんて本名?」

 

 

心音ちゃんは俺の質問に、若干がっかりしたような表情を浮かべ軽く肩を竦める。

 

 

「本名よ。偽名名乗ってどうするのよ」

 

 

まぁ、確かに……

 

 

「でも心音ちゃんの漢字、瑠華から聞いてるけど日本語だと『しんおん』とも取れるよね。ちょっと凄い……じゃなくて変わった名前だな~って思って」

 

 

「良く言われるわ」心音ちゃんは慣れたもので、再び肩を竦めると

 

 

「あたしね、両親の顏を知らないの。

 

 

生まれたばかりのとき、修道院の前に捨てられてて―――」

 

 

え―――……?

 

 

俺は目を開いた。瑠華からそんなこと聞いてない……ってまぁ、人の暗い過去を幾ら恋人だからって軽く言いふらすような人じゃないよな、彼女も。

 

 

マズイこと聞いちまった―――

 

 

俺は地雷を踏んだことに間違いがなかったから、何か答えなきゃいけなかったものの、心音ちゃんにとっては大したことじゃないらしく、ちょっと皮肉そうに笑って続ける。

 

 

 

「その修道院のシスターがね、あたしを見つけたんだけど

 

 

毛布に包まれてたあたしは

 

 

 

 

 

息をしてなかったんだって」

 

 

 

 

 

え―――………

 

 

 

 

 

 

P.559


 

 

 

「慈悲深いシスターは、赤ん坊の亡骸をそのまま放置するのも心苦しくて

 

 

せめて聖母マリアさまの御許で安らかに眠らせてあげようと、してくれたわけ。

 

 

するとびっくり!

 

 

 

途絶えていた呼吸が吹き返ったの。

 

 

それで心音」

 

 

心音ちゃんは両手を広げてわざとオーバーリアクション。

 

 

「そう―――……だったの……

 

 

それは奇跡だね。でもごめん……俺、知らなかったとは言え不躾なこと聞いた……」

 

 

心音ちゃんが孤児だったことも、一瞬だとしても息絶えていたことも………俺なんかが軽く聞いちゃいけないことだ。

 

 

思わず俯くと

 

 

 

 

 

「な~んて♪

 

 

信じた?」

 

 

 

 

 

 

と、心音ちゃんは悪戯っ子のようにあかんべぇをして楽しそうに俺を見上げている。

 

 

へ!?

 

 

嘘!!!!

 

 

「ケイトって意外に信じやすいタチ?

 

 

女の涙に弱いでしょ」

 

 

指摘されて、

 

 

う゛!と詰まった。

 

 

確かに俺は女に泣かれると弱いが……

 

 

てか今まで、巧みに作り話をして同情を引こうとしていた女は決して少なくなかったが、それでもどんな女にも騙されたことがない、この俺が!!

 

 

簡単な罠(?)にかかった!!?

 

 

そんな自分がかっこ悪すぎて、そしてブラック過ぎるジョークを簡単に言ってのけた心音ちゃんに、ちょっと嫌気がさし、俺は今度こそ

 

 

「おやすみ(怒)」と短く言ってリビングを後にした。

 

 

「Good night♪」

 

 

軽やかな心音ちゃんの挨拶が聞こえてきたが、俺はそれに振り返りもしなかった。

 

 

何で―――

 

 

瑠華は心音ちゃんと友達で居るんだろう。

 

 

 

 

 

 

ホント

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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いや、悪い子ではないとは思うんだけどね。

 

 

何て言うか、瑠華が一番嫌がるタイプ……相手を振り回すタイプだ。なのに、瑠華は心音ちゃんのことを『親友』と呼ぶ。

 

 

女の友情程、

 

 

 

 

わっかんねーな……

 

 

 

 

 

歯を磨き終えて、俺もアルコールが入ったことで少しだけ遠のいていた眠気が再びやってきた。

 

 

寝室に行って瑠華の隣に潜り込もうとすると、瑠華が僅かに寝返りをうった。

 

 

カーテンが開いたままになっていた窓から眠らない街、東京の夜の人工的な光が瑠華の頬を照らし出している。

 

 

白くて、まるでビスクドールのようなきめ細やかな肌が幻想的に浮き上がっている。

 

 

「瑠華」

 

 

俺はそっと彼女の名前を呼び頬を撫でた。

 

 

その手に気づいたのだろうか、ごそごそと衣擦れの音が響き、瑠華が再び寝返りを打ってこちらに体を向ける。

 

 

こちらを向いた瑠華の無防備な寝顔を眺めて、そしてその柔らかい唇にそっと口づけ。

 

 

 

 

「愛してる」

 

 

 

 

たった一言呟いた言葉が眠ったままの彼女に届いたのかどうかは謎だったが、でも

 

 

言わずにはいれなかった。

 

 

この気持ちが永遠に続くものだと思っていたし、瑠華に俺の気持ちが伝わって欲しいと願って。

 

 

「おやすみ」

 

 

再び頬にキスを落として、俺は目を閉じた。

 

 

今度は短い睡眠リズムではなく、久々に夢も見ず、ぐっすり眠れたのは

 

 

隣に瑠華が居るからだろうか。それとも、瑠華に少しでも思い悩んでいた『真咲』の存在を打ち明けられたからだろうか―――

 

 

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